レイジングエッジ  .

ようやくお昼ご飯にありつけた僕は、食べ終わった後やっぱりソラッドが気になって外に出た。
人づてに赤毛のソードマンを見なかったかって聞いたら、逆に勧誘されたり、僕がウェイターをしている事を知ってるファンだったり、カツアゲしてきたり、たまったもんじゃない。
中にはちゃんと親切に教えてくれたりする人が居て、なんとか見つけたけど。

そうして郊外の浜辺で座って休憩しているソラッドを見つけた僕は、市場を通るときにおじさんから貰ったビン入りのオレンジジュースを後ろからそっと頬に当ててやった。

「冷たっ!…カナタか」
「えへへ、びっくりした?」

悪戯が成功して笑う僕に対して、ソラッドは苦笑しながらオレンジジュースのビンを受け取った。
市場のおじさんとは仲がいいから、僕がいつも2本は軽く飲むことを知ってくれている。
その内の一本をソラッドに渡して、彼の隣に座ってからもう一本の蓋を開けた。

「何してたの?」
「波の音を聞いてた。海を見るのは初めてだからな」
「え、嘘。ほんとに?」

驚きの余り思わず聞き返してしまったが、肩を竦められてしまう。
どうやら昔話をする気はないらしい。
考えてみれば、ウチのギルドマスターは謎が多いような。
まあ、会ったばかりなんだから、謎が多いのは全員に当て嵌まる事だけど。

「ちょっと感傷に浸ってたのかもな。…今何時だ?」
「時計は持ってないけど、多分1時くらいだと思う」

僕がそう言うと、ソラッドは立ち上がって、浜辺に無造作に置いていた剣を取り鞘に収める。
オレンジジュースも一気に飲み干して、空になったビンを僕に渡した。

「用事があるから行って来る」
「あ、じゃあ僕も行っていい?」

普段から彼の行動が気になっていたのだ。良い機会かもしれない。
彼は一瞬目を見開いてこっちを見たけど、すぐに元の涼しい顔に戻って頷いた。

「つまらないかもしれないぞ」
「いいよ。僕がついて行きたいだけだからさ」

ソラッドの隣に立って、砂埃を手で払う。
僕が準備できたのを見て、二人で歩き出した。

「どんな用事?」
「手合わせだ。先達の熟練の冒険者とな」
「…ソラッドってふらっと居なくなると思ったらそんな事してたんだ」

そう思うとちょっと悔しいかもしれない。
僕らがのんびりと休日を楽しんでる間に、一人だけ個人のレベルアップを図っていたなんて。

「正確には手合わせできてない。こっちが攻撃をした時点でいつの間にか負けてるから」
「それでも通ってるんだ?」
「相手の技を見て盗むのが、勝利への第一歩だと思ってる」

…少しズレている気がしなくもないが、相手の技を見るという点においては納得できる。
行動パターンが分かればそれなりに対処はできるからだ。

「着いた。…カナタ、ほら、危ない」
「う、わ…っと!」

危うく段差につまづきかけたところを、ソラッドに腕を支えられてバランスを取る。
ちゃんと前を向いて歩かないといけないな。

そうして着いた先はベルダの広場。
その広さからよく冒険者同士で手合わせをしている所を見かける。
その中の、最早その専用スペースとまで言われるようになった場所だった。

「お、また来たな?」
「懲りないわねえ」

先程まで素振りをしていたソードマンと、付き添っていたアルケミストの女性がこちらを見て微笑んでいた。
どうやらあの人たちがソラッドの手合わせの相手らしい。

ソードマンの男は、頭に虹色のバンダナを巻いていて、気さくで人当たりの良さそうな表情をしている。
一方のアルケミストは長い金髪を三つ編みにして一つに纏め、切れ長の蒼い瞳は不敵に細められていた。

「今日こそ一本取る」
「へえ、えらく自信満々だな?」

トントン、と鞘に収めたままの剣で自分の肩を軽く叩く男に対し、ソラッドはあくまでも冷静に相手を見詰めたままだ。
一体これが何戦目なのかは僕も知らない。
けれど、口ぶりから相当な数になるのではないかと推測した。

「んじゃ、いつもみたいに一本取った方の勝ちだ。いいよな?」
「ああ」

ソラッドが頷いて剣を抜くと、相手も同じく剣を抜いた。
張り詰めた空気が漂う中で成り行きを真剣に見つめていると、視界の端に女性の手が映った。
ソードマンの相方らしいアルケミストがひらひらと手を振って僕を呼んでいる。
その手に導かれるままに、僕は女の人の傍へと寄った。
なるほど、ここからだと二人の真横だからよく見える。

「アナタ、よく酒場で働いてるバイト君でしょ」
「うん、そうだよ。僕の方はキミみたいな綺麗な人見かけたことないけどね」
「ふふ、いつも別の酒場へ通ってるもの」
「これからは金鹿亭をご贔屓に」
「考えておくわ」

女性アルケミストは不意に目線を前へ向けた。

「始まるようね」

短く言葉を切ると、腕を組んで観戦の態勢に入った。
僕も視線を追って、視界に二人の冒険者の姿を収める。

二人共構えたまま相手を睨んでる。
たぶん、先に動くのはソラッドだ。

「っは!」

予想に違わず、ソラッドが間合いを詰めて剣を横に薙ぐ。
それを虹の剣士は刃先の届くギリギリで避けて、剣の構えを解いた。

「ほーら、力入りすぎ。もっとリラックスして」
「こうか!」

それどころかソラッドの剣の軌道まで、自分の剣で修正してあげてる。
やっぱり有名な人は余裕があるみたい。

軌道修正されたソラッドの刃を返した斬撃は、わずかに虹の剣士の鎧を掠った。

「げ。掠った」

唖然とした表情を浮かべた虹の剣士の表情は、それでもすぐに引き締まった。
連撃を繰り出すソラッドの剣を今度は避けずに、全て受けて、流す。

「女の子たちを待たせるのは悪いし、さっさと終わらせようか」
「カナタは女じゃないけどな」
「へ?あ、マジか。そりゃ悪い。うちの相棒の背が高すぎるのか…」

全てを受け流した後、虹の剣士は一度剣を逆手に持ち替えた。
来る。

ちらり、とソラッドの方を見ると、剣を横に構えたままじっと前を見据えていた。
何かを狙っているような目。
相手もそれに気づいていない訳じゃない、けど、どこか楽しそうだ。

「行くぞ!」

虹の剣士が大きく右腕を後ろへ振りかぶった。
ぴったりと剣士の腕に添うように逆手に持たれていた剣は、剣士の陰に隠れて一度姿を消す。
今、大きな隙が出来ているというのに、ソラッドはまだ動かない。

「どうして、チャンスなのに」
「そう思ってあそこで手を出したら負けるのよ。あの子、あえて好機を見逃すって事を覚えたみたいねえ」

隣のアルケミストは頬に手を当てて、どこか嬉しそうに微笑んだ。
そうして彼女の言葉を聴いている内に、目の前で剣と剣のぶつかり合う甲高い金属音が鳴り響く。
通り過ぎていた広場の人々が振り向き、視線はこの二人に注がれた。

「っく…」

ギリギリまで近づき瞬発的に放たれた剣撃を、ソラッドは見事刀身の真ん中で受け止めていた。
剣同士で力と力の押し合いが続く。

「へえ…、まさかオレのレイジングエッジを止められるヤツが出てくるとは思ってなかった」

きっとソラッドはずっとこの技で負け続けてたんだろう。
盗む技とは、これのことだったのかもしれない。
相手の口ぶりからして、例え見切れたとしても止められるような剣撃じゃないことは分かる。
現に、受け止めた瞬間に衝撃でソラッドの両足が地面の上を滑っていた。

「大抵の雑魚はあれで一撃なのよ。もちろん新人冒険者なんて持っての外。きっとこれからぐんぐん伸びるわよお、あの子。頼もしいリーダーねえ」
「あ…。ありがとう!」

それなりに身長のある僕よりも更に高い女性アルケミストは、よしよし、と僕の頭を撫でた。
なんだかくすぐったいや。

キィン!と互いの剣が弾かれる。
虹の剣士は逆手からすぐさま持ち替えてソラッドの出方を窺う。
一方のソラッドは対応するかのように剣を逆手に持った。それを見た剣士の目は驚きに見開かれる。

「…おいおい待てよ。まさかその技…!」
「ああ、少しだけ貸してもらう!」

完全な真似というわけではなく、ソラッドは振りかぶらずにそのまま真っ直ぐ突っ込んでいく。
警戒して応戦してくる相手の剣をかわして懐へ飛び込むと、素早く体を捻ってその戻る勢いで剣撃を放った。
辺りに響く金属音が、虹の剣士の鎧を直撃したことを知らせる。

「っつ…!」

後ろへ倒れた虹の剣士が、眉を顰めて直撃した脇腹を押さえた。
ソラッド自身も丈夫な鎧への攻撃の反動で手が痺れて感覚が無いらしく、手首から先を痛そうに左右へ振っていた。

「…いや、参ったよ。本当に一本取られるとは思ってなかった」

まだ痛みに耐えてはいるが、若干余裕を残している虹の剣士は両手を挙げて緩く微笑んだ。

「ちゃんと自分の体型も分かっていて出来る攻撃ね」

僕の隣にいたアルケミストが虹の剣士へ歩み寄り、彼の手を取って立ち上がらせる。
二人の褒め言葉に僕も嬉しくなって、ソラッドの元へと駆けつけた。

「ソラッド。手、大丈夫?」
「問題ない」

未だ興奮冷めやらぬ、と言った風に笑うソラッドを見て、彼の戦闘センスの高さを改めて実感する。
確かに頼もしいリーダーだ。

ソラッドがもし虹の剣士と同じように振りかぶって攻撃をしたなら、今ほどのダメージは与えられなかっただろう。
何故なら彼には身長に見合った腕力しか備わっていないからだ。
それを意図してか否かは本人にしか分からないが、直前に体を捻ることによって腕力の無さを補った衝撃を与えた。
間合いも詰める分、危険は伴うが当たる確率は格段に上がる。

「今のはマグレだ。まだ実戦で使うには心許ない。…これからも相手を頼んでいいか?」
「もちろん。喜んで相手しよう」

互いに握手を交わして、次の約束を取り付けた。

「レイジングエッジは光の剣技。扱うソードマンによってその型は様々だ。だけど、根本は素早さと力の併せ技。マスターすれば心強い必殺技になるだろう。頑張れよ、ソラッド」
「ああ」

それ以来、僕は度々ソラッドの隣をついて歩くようになった。
彼の成長には目覚しいものがあるし、僕だって剣を持って前衛に出ることもあるから勉強にもなる。
そして今日もまた正午のベルダの広場では、剣と剣のぶつかり合う音が響いていた。
07.08.20




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