休日の朝  .

第1階層を探索中のカルジェリアは、週に一度、必ず休日を取る。
それはソラッドが決めたことで、装備品を一新するもよし、娯楽に費やすもよし。
もちろん常識の範囲内での行動に限るということは暗黙の了解だ。
彼は潜ってばかりだと気が滅入りそうだと苦笑していた。

よって、今日はその休日である。
いつもなら5時に起床し、すぐにでも樹海へ赴くのだが、休日ならゆっくりと寝ていられる。
実際、樹海では三日間潜っているなどよくある事だったので、何も気にせず安心して眠れる時間は貴重だ。

しかし、誰もが睡眠を楽しんでいるわけではなく、ああ見えてきっちりしているソラッドや、クロノ、金鹿の酒場にてアルバイトを続けているカナタはいつも通り5時に起きて行動を始めた。

ソラッドは毎日欠かさない基礎体力作りと素振りに出かけていく。
きっと朝食は大通りで開かれる朝市を利用しているんだろう、とクロノは言っていたが、この目で確かめないと本当に食べているかどうかすら怪しいとカナタは訝しんでいた。
しっかりしているようで、どこか抜けているのがカルジェリアのギルドマスターなのだから。

「そう気にする事でもないだろう。あのマスターとはいえ、さすがに空腹には忠実だと思うが」
「でも樹海の中でも朝ご飯食べてるところ見たことない」

一晩夜を明かし、いつも最後の見張りを担当しているソラッドは、いつも皆が起きてきた頃には早々に素振りを始めている。
一度ちゃんと食べたのか聞いた事があったが、食べた、と短く返答するだけで。
どうも腑に落ちなかったのだ。

「朝は食べない習慣を持っているのかもしれないし、それで体調を崩したわけでもないだろう」
「そんな不健康な習慣あったらたまんないし、これから体調を崩すかもしれない」

む、と珍しく唇を引き結んで眉を顰めたカナタに、クロノは両手を挙げるしかなかった。
どう対処すればこの少年が満足するか分からなかったというのが本音だ。

「クロノはそういうの気にならない?夜中だって、ゼロはよくうなされてるし…。
 ほら、ハークスのあの触覚の作り方とか。クロノだって…」

そこまで言ったときにカナタの後頭部に何やら柔らかいものが叩きつけられた。
柔らかいとはいえ、勢いがついていたため僅かに上体が傾く。
目標にぶつかって床に落ちたそれは、ソファのクッションだったらしい。

「うっさい。寝かせろバカナタ!」

寝起きに低血圧がプラスされたゼロにはカナタの整った声ですら煩わしかったらしく、不機嫌そうに一睨みしたあと、毛布を頭まで被って再びソファに沈んだ。

「バカナタなんてはじめて言われた…」
「…あまり気に病むな」

呆然としているカナタに、クロノはすれ違いざまに肩を手で叩く。
そのまま台所へ向かって簡単な朝食でも用意しようとしたのだが、触れた時に僅かに少年の肩が震えていことに気がついた。

「…カナタ?」

思わず振り返ると、カナタはゼロに向かって飛びかかっていた。

「…っ!嬉しいよ、ゼロくんッ!僕あだ名つけてもらったの初めてだ!」
「うっさいっつってるだろ!?はじめて!?ああそう良かったね!おやすみ!」

がばり、と上に押しかかったのだが、不機嫌最高潮のゼロの足によってあえなく床に転がされる。
それでもカナタは幸せそうにその場で悶絶し始めたのだからこれ以上関与することではない、と判断して、今度こそ台所へと足を運んだ。
それにしても、意外と最年少らしい振る舞いを見せたカナタには一安心だ。

「おー…、はよ、クロノ。…あれ、カナタも居たのか」

ガチャリ、と2階の扉の一つが開いてこの家の主であるハークスが顔を出した。
吹き抜けのあるこの家は、2階からの呼びかけもよく聞こえる。
寝起きらしいぼさぼさとした頭を掻きながら手摺に腕を乗せ、眠そうな目で床に転がるカナタを見下ろして小首を傾げた。
クロノは階段へと震えながら近づいて、ハークスを見上げると真顔でボケをかます。

「ハークス…いつもの触覚はどうしたんだ…!?」
「触覚触覚ってお前どんだけ俺の触覚にこだわる気だよ。寝起きなんだからまだセットしてないに決まってるだろ」

やはり毎朝セットしていたのか、という事実はさておき、今のハークスの姿は珍しい。
触覚がないと、一瞬誰だか分からなくなるほどに。

本拠地を決めていないカルジェリアの面々は、今まで各自で宿を取ってバラバラに解散していた。
だが先日ハークスがやはり本拠地は要るだろうと切り出し、一人暮らしでベルダの広場にも近いという使い勝手のいい自分の部屋を提供してくれたのだ。
その提案には、カナタを除いて、少ない収入を搾り出して宿屋に泊まっていた面々が諸手を挙げて喜んだ。
そうして実行に移したのが昨日、というわけだ。

それぞれの寝起き姿は樹海に長期滞在した後全員で宿屋に泊まる時など、数えるほどしか見ていない。
そういう意味でも、ハークスの触覚のない姿は本当に珍しい。

「だーかーら!しつこい!んなに気になるんならお前にも触覚作ってやろうか!?」
「なるほど、そういう手が…」
「冗談だよ…!頼むからそんな期待に満ちた目で俺を見るな!」

結局、二人の終わらないやり取りのせいで、その日の朝ご飯は昼食と兼ねることになってしまった。
07.07.20




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