樹海探索初回 .
「…まだ冒険初回だよ?」 「初回だからこそ。油断した俺たちのミスだな」 目の前にはソードマンの攻撃を受けてふらつく、モグラを形取る魔物の姿。 その傷を負わせたソードマンは、今や地に伏して動かない。 自ら、弱いとはよく言ったものだ。 今までもあと一歩のところで敗れたことが何度もあったのだろう。 一撃を喰らわせて瀕死状態にしてくれただけでも大助かりだというのに。 そのソードマンであるギルドマスターの隣には、盾を下に同じく倒れ伏すパラディンの姿。 先ほど後列のメディックを守ろうとして逆に攻撃を受けてしまったのだ。 この戦闘になる前から傷ついていたため、その攻撃は致命傷だった。 しかし、倒れる前にその魔物にとどめを刺した辺りは、ただでは倒れない彼らしい最後だった。 もう一人の後列、アルケミストは雷の術式を起動し一匹を瞬殺したのだが、その後、今瀕死となっているこのモグラの攻撃を受けて真っ先に倒されてしまった。 攻撃の要である3人が倒れた今、残ったバードとメディックは互いにどうするべきかを迷っていた。 逃げて町へ戻るか、いちかばちかで戦って仇を取るか。 前者はメディックの考え、後者はバードが心中で考えている。 きっかけは、些細なものだった。 先の冒険者が慌てて脱げたのであろう片方だけのブーツの中に何かが入っていたのだ。 それに気づいたパーティーリーダーが中の物を拾った。たったそれだけ。 良い物が手に入った、とその場を去ろうとしたその時。 突如後ろから現れたモグラたちに、ソラッドが先制攻撃を受けたことから始まった。 全員すぐに戦闘準備をしたものの、相手の動きは素早い。 ソラッドが先制を受けたと同時に術式の起動を始めていたクロノの雷がモグラの一匹を貫いたが、彼は発動後の動きが鈍ったところを狙われてしまった。 その後ゼロが見切れずに攻撃を受けて深手を負い、ハークスが回復しようと近づいたところで逆に彼に庇われ、回復も間に合うことなく。 モグラを刺し貫いたまま剣と共に地に落ちた重い鎧の音が虚しく響いた。 「まずいな」 「…被害が大きい。一旦退いた方がいい」 珍しく不利を零したソラッドに対し、メディックがパラディンの容態を看ながら冷静に判断を下す。 だが、彼はそれを受け入れなかった。 「最終的な判断はサブマスターのお前に任せる。けど、ここは」 「ソラッド!」 「なんとかなる!」 飛びかかってきたモグラの下に滑り込み、真下から上へ斬り上げる。 そのままバックステップで陣営に戻ろうとしたが、 空中から落ちてきたモグラは、その鋭い爪で肩から腰にかけてソラッドの体を裂いた。 そうして彼もまた、地に落ちる。一瞬の出来事。 「くそ!なんとかなるんじゃないのかよ!」 「なんとかなるかもしれないよ」 一歩前へ出た後方支援を得意とするカナタの姿に、ハークスは目を見開いた。 何がどうなんとかなるというのだろうか。この悲惨な状況を見て。 「カナタ、おかしくなったか」 「どっちかっていうと逆かなあ。自分でも落ち着きすぎて驚いてるんだ」 そういって微笑むと、彼は装備していた短剣を前に真っ直ぐ構える。 「ねえ、ハークス。知ってた?」 「知らん。俺はもう作戦撤退するからな!」 一人を背負い、二人を引きずる形でその場を後にしようとするハークスを、カナタは慌てて止める。 「ちょ、っと待ってよ!ハークスっ」 「待ってたら死ぬ!」 確かに三人を運びながらでも危ないというのに、待っていたらそれこそ殺してくださいというようなものだろう。 カナタはああもう!とモグラの方を振り返る。 「よくも皆をやってくれたね!こんなに怒ったの久々だ!」 そう叫ぶカナタに構いもせず、モグラは飛びかかってくる。 カナタは目を細めて、構えていた短剣をモグラへ向かって投げた。 「…すげ」 そう小さく感嘆の声を出したのはハークス。 カナタの投げた短剣が、見事モグラの心臓部にクリティカルヒットしていた。 モグラは絶叫し、消滅する。 「僕、運だけはいいからさ」 苦笑して短剣を拾い上げるカナタが、この時だけは頼もしく見えた。 いつもは陽気に歌っているか、戦闘中でもさほど目立った動きはなかった分余計に。 「さあて!ほらほら、逃げるよハークス!」 カナタがハークスの手からゼロを受け取ると、肩に担いで入り口まで走り始めた。 その後を慌てて追う。 姿を見せる魔物は全て無視。通り道を塞がれたらやや迂回。 やっと町に着いたとき、二人は走った分と、背負った仲間の重さに心身疲労していた。 「もー…、やだ」 「同じく…」 施薬院の待合室。 ハークスは治療を手伝う気力も無く壁にもたれかかっている。 治療を受けている仲間たちよりもある意味ダメージが深かった二人は、二人して倒れるように深い眠りについた。 「よく眠ってるね」 「俺たちを運んだんだろ?相当疲れてそうだな」 「あのモグラと戦っていた位置から考えて、入り口まではそれほど距離はないが、少なくとも2回は魔物に出会っただろう。戦闘は避けただろうから、その分迂回したかもしれないな。ご苦労なことだ」 治療が終わりすっかり回復した3人は、待合室にて眠る二人の仲間を見て微笑んだ。 ハークスはともかく、カナタの寝顔は年齢相応の幼さで3人の心を癒す。 「まったく、油断大敵だな」 「ほんとにね。しっかりしてよ、リーダー」 だが、この教訓を活かすことなく、地下3階にてまた同じような目に逢う事を彼らはまだ知らない。 |
07.07.16 |