木漏れ日の森と膝枕 .
エトリアに着いたその日、雲ひとつ無い晴天の陽気に俺は一つ欠伸を噛み殺した。 この町についたらまず冒険者ギルド。 師匠はそう言ったが、こんな天気のいい日にむさくるしそうな屋内など言語道断。 俺は辺りを見回して比較的賑やかな通りとは逆方向の広い森林へ向かった。 途中、想像を絶する大きな木が視界に入る。 あれが噂の世界樹だろう。 いいギルドが見つかって、早々に探索を進めて、一人前のアルケミストになる。 現実はそうスムーズには向かってくれないだろうが、だからこそ俺は焦らずゆっくり構えようと思う。 迷うことなく林の中へ入っていき、手ごろな太い幹の木を見つけると、ガントレットを外して木に手をかける。 最初は勢いよく飛んで、後は届いた木の枝に掴まる。 それを繰り返して、木漏れ日の差し込む寝るには丁度良さそうな太い枝を見つけた。 体重を試しに乗せてみて、びくともしないことを確認する。 以前確かめるのを怠っていた時期があり、その時に老樹だったのを知らずに落ちたことがある。 あれは痛かった。 心地よい木漏れ日と、柔らかな風。 その気持ちよさに微笑んだ俺は、太い幹に背を預けるようにして瞼を閉じ、深い眠りに落ちた。 次に目を覚ました時、俺は誰かの膝の上に頭を乗せて寝ていた。 はて、確かに木の上で寝たと思ったのだが。 「起きたか?」 頭上から声が降ってくる。 聞き易く低すぎない男声。 まだ頭はいまいち覚醒していなかったが、ゆっくりと膝の主の顔を見上げた。 燃えるような赤い髪が太陽の光に反射して眩しい。 「急に木の上から降って来るから驚いたよ」 逆行で表情は見えないが、声音は柔らかい。 俺は悪い人物ではないと直感的に判断して、再び眠りについた。 「…やられた」 「ソラッド!ソラッ…あ、居た。…ってか、それ何してんの?」 何か急用があったのか、自ギルドのマスターを探しに来たゼロは男が男の膝枕をしている光景に固まる。 しかも枕をしている側が彼が探していた人物なのだから驚きも増した。 対して、その本人は僅かに首を傾げる。 「さあ。俺にもよく分からない」 「分からないって…誰、これ。アルケミスト?」 近寄って来るギルド員に日課の素振りをしていたら木の上から落ちてきたといういきさつを説明しながら、すやすやと眠っているアルケミストの髪に触れてみる。 驚くほど柔らかい髪質は、まるで猫のようだと小さく笑った。 「ふうん…。ああ、それはそうと。ハークスが執政院への申請について話したいって言ってたよ」 「そうか。ありがとう」 ハークスとは、ゼロが説得にかかったケフト施薬院で助手をやっていた彼の名前だ。 割としっかり者で、口の減らないパラディンのゼロや、底抜けに天然なバードのカナタを一人で纏めるには少し不安だったので随分と助けられている。 「その人、どうすんの?」 「起きてから、もしフリーなら一度勧誘しようと思ってる」 「ギルドに?」 信じられないといった様子のゼロに、俺はアルケミストの髪を梳きながら続ける。 「驚くことでもないだろ?まだ4人しか揃ってない」 「そうだけどさ…その人、ソラッドの事知らないんでしょ?…警戒心がないってのはどうかと思うけど」 確かにエトリアは見た目としては平和で陽気ないい町だが、安全とは言いがたい。 そんな事をする気はないが、その気になれば身包み剥いでポイもできるのだ。 それにしてもそういった知らない人を一度覚醒して目にしたにも関わらず再度眠れる図太さは評価したい。 「カナタ以上の天然か、あるいは…」 「どっちにしろやめといた方がいいと思うけど」 本気で悩み始めた俺を見て、ゼロは付き合ってられないとあからさまに溜息をつく。 実際のところ、アルケミストは一人欲しいと思っていた。そこへこのアルケミストの登場。 この好機は逃すべきではないと思う、が。 「それに、アルケミストなんて珍しい職業、もうどっかに入ってるでしょ」 何かがよほど気に入らないのか、ゼロは顔を逸らしたままやめておけと暗に伝えてくる。 けどその点に関してははっきり言ってどのギルドにも属していないという根拠があった。 「そこに置いてあるガントレット、たぶんこのアルケミストのものだろう。傷一つついてない」 「だからって新人とは限らないんじゃない?」 きっといつものように半ばヤケになってきてるのだろう、ゼロは発言の後に少し後悔したように眉を寄せた。 そのまま俺が何も言わずにいると、彼は居心地悪そうに踵を返した。 「…僕はマスターである君の決定に従うよ。あんまりハークスを待たせないようにね」 そう言ってゼロはまた町の方へと戻って行った。 素振りに出かけてから小一時間。ノルマの半分も終えない内にその半分以上をこうして過ごしている。 普段の俺がこんな状況に陥ったのなら何も言わずに頭を退けてさっさと帰っただろうが、この天気のよさと風の心地よさがもう少しこのままでもいいかと思わせる。 癖になりそうな柔らかい髪を何度も何度も梳いている内に、その動きが定着してしまって、彼が起きたことにも気づかなかった。 「くすぐったい」 「…ああ、ごめん。起きたのか」 彼はまだ眠そうな目を控えめに擦って、ようやく俺の膝から頭を退けた。 固まった体をほぐすために大きく伸びをすると、くるりと俺の方へ向き直る。 「膝枕、ありがとう。途中夢の中で随分と気持ちいい枕を見つけたのを思い出したんだが、それが君の膝だったとはつゆ知らず。おかげでぐっすり眠れた」 覚醒したアルケミストは、見かけによらずよく喋る人だった。 「いや、別に構わないけど…。どっか痛むところは?」 「強いて言えば全身。細かく言えば背中から腰にかけて、あとは腕が数箇所痛い。足は多分大丈夫だと思う」 「…それだけ喋れれば大丈夫だな」 その言葉にアルケミストは頷くと、幹の傍に置いていたガントレットを装着し始めた。 装着には手馴れている辺り、ちゃんとした指導は受けているらしい。 「お前冒険者志望のアルケミストか?」 「一人前のアルケミストになるためにここに来た。目的はとりあえず樹海の探索だが、まだ着いたばかりで何をすればいいのか全く分からない」 つまりはまだどのギルドにも属していないということだ。 ギルドの神様はどうやらカルジェリアに味方してくれているらしい。 建てて3日目で最低人数の5人。上等ではないか。 「なら、俺のギルドに入らないか?」 「…師にエトリアへ着いたら冒険者ギルドへ寄れと言われていた。それとはまた別の意味なのか?」 「説明するよ。着いてきて」 自分もまだまだギルドについての知識は薄いが、多少の説明はできるつもりだ。 上手くいけば早くも明日には樹海へ探索に行けそうだと心が躍った。 ソードマン、パラディン、メディック、バード、アルケミスト。 バランスとしてはそう悪くはないだろう。 まずはこの5人で探索を進めて、カルジェリアの名を広める事から始めなければ。 そうすれば志望者も増えてきっと大きなギルドになる。 夢見ることは自由だろう? 「改めて。俺がギルド《カルジェリア》のギルドマスター、ソラッドだ。よろしく」 その夜は久しぶりに冒険者ギルドが賑わった。 |
07.07.10 |