金鹿の酒場のウェイター  .

ドアを開けると、カランと鈴が鳴った。
昼時のこの店はあまり人は入っていない。
夜に開店する酒場なのだからそれも当然だろう。

「いらっしゃーい。珍しいね、冒険者さんとか」

鈴の音に気づき、一人の少年が笑顔で応対してくれた。
姿から察するにこの金鹿の酒場で働くウェイターだろう。
長いオレンジの髪を一つに束ねて、人懐っこそうな瞳は眩しいほど輝いていた。

「あ、そうだ。ちょっと待ってて」

少年は突然何かを思い立ったように、手を打つと、カウンターを漁り始めた。
そして一束のリストを取り出す。パラパラとめくる手つきは心もとない。

「えっと、まだ執政院には認められてない人みたいだね」
「ああ」

確認を終えたのか、一つ頷いてまたリストをカウンターに戻した。

「一応クエストは執政院の許可が下りてからってことになってるから、食事なら夜に出直してくれるかな」
「どうすれば許可が下りる?」

ガンリューですら教えてくれなかった新しい情報を目前に、俺は少年から詳しく聞こうと尋ねた。
すると、少年は困ったように眉をハの字に下げる。

「ちょっとそこまでは知らないんだよね…。お役に立てなくてごめんね?」
「いや、いいよ」

本当にすまなさそうに言うものだから、こっちが悪い事をしてしまった気分になる。
代わりに一杯おごるよ、と少年はカウンターの席を引いた。

「ソードマンだよね?昼間に此処に来るって事はやっぱり樹海に挑むの?それとも新しい町だから寄ってみただけ?」

疑問符続きだったが、グラスに何かのジュースを注ぎながら興味深々といった風に聞いてくる少年に、俺はこの町に着いたところから事情を話した。
あまりおしゃべりな方ではないのだが、不思議と会話をしてもいいかという気になる。

「へえ、あ、じゃあ、君が噂のソラッドさん?」
「…噂?」

小首を傾げて聞かれても、そんな噂になるようなことはまだ何もしていない。
差し出されたグラスを受け取って聞き返すと、少年は人差し指を立てて答える。

「ほら、最近仲間にした子いるでしょ。パラディンの彼」
「ゼロ?」
「そう、ゼロ君」

出会いは最悪だったが、勧誘に応じてくれた一番目のギルド員だ。
今はケフト施薬院に例の助手をスカウトに向かってくれている。

「あの子、よく此処にも顔出してたからちょっとした顔見知りなんだ。昨日の夜もここに来て、最近新しいギルドに入ったから僕が面白いギルドにしてやるって楽しそうに言ってたんだ」
「…ふうん」

気難しい性格だと思っていたが、心を開いた人間に対しては子供っぽいところもあるらしい。

「まだ仲間は募集してるの?」
「そうだな。いくらでも欲しいところだ」

これは本音。
今ゼロが説得に行っている助手が仮に承諾してくれたとしてもまだ3人。
樹海へ挑むなら最低5人は欲しい。

「バードって職業、知ってるかな?」
「…一応。あまり目立った職業じゃなかったと思うが」

正直に言えば、少年は頷いてカウンターをぐるりと回ってこちら側へ歩いてくる。
途中、カウンターの奥の方で何かを取ったのはリュートだったらしい。
彼はテーブル席の一つを引いて、こちら側を向いて座ると、リュートを構えた。

「一曲どう?」
「頼むよ」
「うん」

望みどおりの答えに少年バードは嬉しそうに笑うと、静かにリュートを奏で出した。
出だしの後に、少年が歌い始める。
その声は女性特有の高さこそないものの、聞き易い綺麗な歌声だった。
そして曲調はがらりと変わり、彼は弦を激しく的確に掻き鳴らす。

歌が終わった後、俺は自然と拍手を彼に送っていた。
それと、もう一人分の拍手が後ろから聞こえる。

「彼の歌、素晴らしいでしょう?」

この金鹿の酒場の女将、サクヤがそこに居た。
奥の方から出てきたのだろう、その気配に気づけないほど少年の歌に酔っていたということになる。
女将の言葉に素直に頷くと、彼女は柔らかく微笑んだ。

「聞いてくれてありがとう。で、これがその能力だよ」

小さく笑んだ少年は、立ち上がって傍らのテーブルの中央に軽く手を置くと、僅かに力を込めた。

「…!」

少年の細い腕からは想像できないような力が働き、そこにあった筈のテーブルは一瞬にして押しつぶされ、木片と化した。
信じがたい光景に、唖然とする。

「タイトルは猛き戦いの舞曲。効果は見ての通り、攻撃力の増加さ」

そう言ってリュートを椅子の上に置くと、少年は木片を拾い上げて後悔したように呟いた。

「またバイト代が消える…」
「そうねえ。貴方、いつも鼻歌でそれを歌っては何かを壊しちゃうものねえ」
「女将さん…!」
「ええ。ちゃんとバイト代から引いておくわね」
「…ですよね」

深い溜息をつく雇いウェイターを見ながらも、サクヤは笑顔を絶やさない。
ある意味すごい人だと感心する。

「ともかくこれは置いといて…本題だけど、僕もギルドに入れてくれないかな?役に立つかどうかは一回試してからで構わないから」
「それは、嬉しいけど」

正直、バードにここまでの能力があるとは思っていなかった。
そんな彼が自らギルドに入りたいと申し出てくれたのだから断るはずが無い。

「バイトはどうするんだ?」
「気にしなくていいよ。これでも冒険者を志望して此処に来たんだ。ゼロ君と同じく肌に合うギルドが無かったから、ここで働いて生計立ててたんだよね」

何はともあれこれでメンバーは4人揃ったということになる。
まだ助手の加入は確定していないが、ゼロなら引き入れてくれるだろうと思う。
どんな手を使ったのかは、想像だけに留めておいて追求しないつもりだ。

「あらあら、じゃあこの酒場も寂しくなっちゃうわねえ」
「大丈夫だよ女将さん。探索終わったら毎回顔出すから。ね?」
「そう?ちゃんと、テーブル代も払って頂戴ね?」
「…うん。はい。分かってます」

励ましたつもりがむしろ逆に凹まされた彼を見て、俺は思わず笑ってしまった。
07.07.08




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