冒険者ギルドでの出会い  .

シリカに頼んで磨き直して貰った剣を背中に担いで店を出る。
昨夜はケフト施薬院に泊めて貰ったのだが、ギルドに寄った際に面白い話を聞いた。
それはエトリアを知る者ならば誰もが知る世界樹の存在。
その大樹の中は迷路のようなダンジョンになっており、踏破を目指す冒険者も少なくないらしい。
最も、それは昔の話だ。今は誰もが踏破を諦め、挑戦している者は熟練の者だけだという。

そこで持ちかけられたのが、ギルド設立の話だ。
今ではどのギルドも腐ってるというのがガンリューの言い分で、ここに来るまで放浪していた俺としても、いきなり見知らぬ者たちと連携できるかと問われれば答えは否だった。
即座に乗った俺はその日に自分のギルドを建てた。
名前は「カルジェリア」。
田舎の故郷の名前だが、下手に考えるよりはマシだろう。

さて、晴れてギルドマスターとなった俺はこれからギルドに入ってくれる仲間とやらを探さなければならないらしい。
職業のバランスを考えて入れろよ、とは彼の助言だが、人が少ないからこそのあの寂れ具合ではなかったのか。
多少の不満を抱えつつ、もしかすると今日は誰か来ているかもしれないと、ギルドの扉をくぐった。
昨日の今日で探索志望者がいるとは思わない。けれど、行ってみなければ分からないだろう?




「…ふうん。新しいギルドが、ねえ」
「ああ。なんだったらお前さん、入ればいいんじゃねえのか?少しは退屈も紛れるかもしれねーぜ」
「遠慮しとくよ。オッサンの言う事素直に聞く人なんてロクな人じゃないから」

確かに退屈なのにはもううんざりだ。
このエトリアに辿り着いて1ヶ月、その間失望しかしてないんじゃないだろうか。
初めに入ったギルドは腰抜けばかり。
守る気も失せて辞めた。
この目の前のオッサンの言うとおり、殆どのギルドが目の前の小銭を拾っているだけだ。
それでも尚この地に留まり続けるのは、世界樹の迷宮への探究心は衰えていないから。
最奥には何があるのか。
ただそれだけが知りたい。

カウンターに乗せていたコップを手に取り、中身のオレンジジュースをストローで吸って喉を潤す。
そういえば、昔のギルド員の中には僕がオレンジジュースを飲んでいることを笑う奴もいた。
けど、僕は別にかっこつけたいわけじゃなく、ただ純粋に喉が渇いているからオレンジジュースを飲む。
酒は飲まない。
何故なら、まだ未成年だからに決まってる。
それを何故笑われるのかが理解できなかった僕は、とりあえずそいつを再起不能にしておいた。
その後どうなったのかは知らないし、興味ない。

「おはよう」
「お、噂をすればなんとやら。来やがったな」

オッサンの表情がわずかに嬉しそうになるのを見て、入ってきた人が話題に上がっていた新しくギルドを作った人だと理解する。
首だけで振り向けば、そこには赤い髪のソードマンが立っていた。

「オッサン、俺にもオレンジジュース」
「ほう、オレンジジュースはこの金髪坊主専用だったんだがな」
「ならメニューから降ろせばいい」
「冗談だっつの」

ソードマンはカウンターに近づくと、僕の隣の椅子を引いた。
脇に剣を置いて、席に着く。
それからオッサンが差し出したオレンジジュースを一気に半分まで減らした。

「なあ、本当にロクなのが居ないな」
「磨けば光る人材も居るさ」
「半分もそう思っていない癖によく言う」

頬杖をついて溜息を吐く様は、まるで1ヶ月前の自分を見ているようだった。
小銭稼ぎを目的とするギルドばかりだと知ったときの、自分と同じ落胆の色。

「お前の隣に居る奴はどうだ?まだまだひよっ子だが、いいパラディンだ」

オッサンに言われて、自分のことが話題にされていることに気がつく。
どうしてオッサンに仲介なんてしてもらわなきゃならないんだ。
余計なお世話だよ。

「断る」

てっきり僕が選ぶ側だと思っていたのに、彼が発した言葉に僕は愕然とした。
誘うこと自体を拒否するなんて。

「やる気のない奴を連れて行っても、荷物になるだけだ」
「そんなことはない!」

やる気が無いという言葉にカッとなって、いつの間にか立ち上がっていた。
苛々として、頭の中が熱い。
対して、赤髪のソードマンは涼しい顔でオレンジジュースを一口飲んだ。

「そうか?随分と退屈そうな顔していたようだが」
「一ヶ月待ってもロクなギルドが見つからないからだよ」
「ロクでもないと決め付けてるからだろ。まあ、俺なら一人でも行くけどな」

そしてまた一口。
苛々が頂点に達した僕は、足早に入り口へ歩いて行く。

「終わりか?」
「うん。君の相手はやってられない。オッサン、今日の分はツケといて」
「はいよ」

ドアをなるべく音を立てないよう静かに閉めて、早々にギルド前から立ち去る。
とりあえずこの熱い頭の中を冷やしたい。

きっとこれは腹を立てているんだ。
彼の言葉が少なからず図星だったから。
探究心は変わっていないつもりだったが、それならあの男の言うとおりどんなに危険だろうが一人でも行く筈だ。
冷静に考えて命を投げ出すような行為は避けているんだと思っていたが、それは心がどこかで探索を諦めていたからだろう。

水の中に頭を突っ込んで、水底を見詰めながら先ほどのソードマンとの会話を思い返す。
暫くそうしていたが、息苦しくなる前に水中から顔を上げた。
濡れて額に貼りつく髪を掻きあげ、纏めてきつく絞る。
それを繰り返していると、ガサリと後ろの林から物音が聞こえた。

反射的に振り向くと、木の幹と幹の間から人の背中が見える。
激しく動いているようだが、しゃがんだ態勢のままではよく見えない。
立ち上がって、草むらを掻き分ける。
普段ならばここまで追いかけたりはしない。
けど、その背中の持ち主はさっきギルド内で口論した彼だったのだ。

彼は剣を鞘に納めたまま、素振りをしていた。
すると、向こうも気配に気づいたのかこちらを振り向く。

「お前か」

僕は頷きも肯定も質問を投げることもしない。
二人共が口を閉ざしたまま時間が過ぎていく。
ここは人型を模した藁で作られた人形が3体置いてある特設の剣技練習場だ。
昔はここも賑わっていたらしいが、今は藁も腐り落ち、残った棒が墓のように3つ並んでいるだけだ。

「確かに」

沈黙を破ったのはソードマンの男。
その場で立ち尽くしていた僕はその声を聞いて我に返った。
どうやら彼の素振りをずっと見詰めてしまっていたらしい。
彼は素振りを止めて背中に剣を戻すと、こちらを向いて淡々と続けた。

「今カルジェリアはロクでもないギルドかもしれない」
「ギルドマスターが無礼だからね」
「…それはともかく。今、他のどのギルドよりも人材を欲しているんだ」

随分と遠回しな勧誘だ。
さっきはその勧誘すら渋っていたというのに。

「別に強くなくていい。マスターである俺が弱いからな」
「それって嫌味?」
「まさか。事実だ」

くす、と笑んで、男は僕の後方を指差す。

「少し話そう」

水辺で男二人が腰を降ろしている姿は、傍目から見ればどう見えるのだろうか。
赤髪の男は水をすくって顔を洗うと、服で拭って空を見上げた。

「パラディンとはどんな職業なんだ?」
「君が知ってる通りの職業だよ」

ソードマンという職業に就いている以上、最低限の教養として他の職業の説明一文くらいは知っているだろう。
皮肉めいてそう答えると、男は僅かに苦笑した。

「質問を変えよう。パラディンという職業をどう思ってる?」
「守れる命を守る盾。だからといって自分を犠牲にする気は更々ないけど」

全く気に食わない質問だ。
まるで面接をされているような気分になる。
男の横顔を見詰めて、相手の出方を見る。
どうせ勧誘するのなら面白さを提供してくれなければ。

「俺は同じ剣と盾を持つ職業としてパラディンには一目置いてる」
「それで?」
「パーティーに一人は欲しいが、どうも俺の知ってるパラディンは気難しいみたいだ」

やっぱり嫌味だ。
噂に聞いた話じゃ、この男は昨日エトリアに来たばかりらしい。
この辺りで自分以外にパラディンを見たことはないし、そうなると男の知るパラディンとは十中八九僕の事だろう。
男は立ち上がると、湖に背を向けた。

「別に急いているわけでもない。ゆっくり考えてくれ」
「………」

話を切り上げる気らしい。
結局なんの利点も貰えないままだ。
男の性格から察して不確かな事は言えないということか。

また林の中へ入っていく彼の背を無心で見つめる。
彼は茂みの途中で歩みを止めた。

「お前は俺のギルドに入ってもいいし、入らなくてもいい」

待っている事に変わりはないけどな、と、そう言って奥へと姿を消した。
きっとまた素振りをするのだろう。
07.07.08




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