ケフト施薬院で一泊 .
今日も今日とて誰も居ないギルド内で一人過去の名簿を広げる。 過去の数多くの冒険者達の出入りが盛んだった頃を思い出すなど、らしくないが、それほどまでにこの冒険者ギルドは寂れてしまった。 いつか来た此処に入り浸っていた金髪の少年も、あまりの進歩の無さに最近では酒場にも足を運んでいるらしい。 話し相手と言えば、その少年くらいだった。 「ガンリュー!大変だよっ!」 「おう、シリカ嬢ちゃんじゃねえか」 いきなり扉を開けて入ってきた隣の武器防具屋の2代目店主、シリカの慌てた様子に、こちらは落ち着いて対応する。 シリカが大変だと言うのは些細な事であったりするので、それ程慌てなくても良いのだ。 「ボクの店の前に人が倒れてるんだけど、重くて運べないんだっ!」 「大方腹減り冒険者とかじゃねーのか」 「いいから早く!」 懸命に腕を引くシリカに応えて、やっと重い腰を上げる。 外へ出てすぐ、隣の店の前を見やると、確かに人が倒れていた。 「おいおい、こりゃあ…」 「やっぱ、ちょっとマズいよね?」 赤い髪の青年が、店にもたれかかるように倒れていた。 目は閉じていて開く様子は無く、腹部を押さえる手には大量の鮮血。 相当深い傷を負っているようだ。 「ケフトまで運ぶか」 「ボク、先に行って報せてくる!」 シリカが駆けて行き、ガンリューはまず青年の鎧を外しにかかる。 さすがに鎧を着けたまま持ち上げるには重過ぎるからだ。 「ったく、面倒事運んで来やがって…」 気を失っている相手に愚痴るが、もちろん返答はなく。 傷に触れないよう青年を抱き上げると、拍子抜けする軽さに驚きつつ、 シリカの後を追うようにケフト施薬院を目指した。 「ひとまずはこれで大丈夫だろう」 「見かけによらず浅い傷でしたね」 ケフト施薬院にて、赤い髪の青年の治療が終わる。 報せに来たシリカや、運んできたガンリューはすでにそれぞれの持ち場に帰って行った。 ガンリューはともかく、シリカは日常品なども扱っているため常時忙しいのだ。 いち冒険者に構ってなどいられる暇は本来ならない。 ただ、あの青年が店先にいたため気になっただけで。 治療を終えたケフト施薬院の医者は、椅子に座ってカルテを書き込んでいる。 対して、手伝っていた助手は治療のために脱がせた衣服を纏めて洗濯に取り掛かっていた。 「どうやら傷を受けた時に自分で応急処置はしていたようだな」 「それで倒れてちゃ、世話ないッスけど」 助手はけらけらと笑い、青年に代わりの服を着せる。 腹部の傷は完治し、いつ目覚めてもおかしくはない状態だ。 「センセ、これ干してきますね」 「ああ、ついでにその子をベッドに」 「了解ッス」 助手は青年の片手を掴むと、一気に引き上げて肩に乗せる。 右肩に青年、左小脇に洗濯物を持つと、助手は治療室を出た。 「あー、久しぶりに働いたなあ。最近じゃ冒険者自体珍しいし…、よっと」 治療室を出た先の小部屋に備えてあるベット、そこに青年を下ろして小部屋を後にする。 「…なあ」 ノブに手をかけたところで呼び止められる。 青年が目を覚ましたのだろう。 「目が覚めたみたいだな。どっか痛いところはないか?」 「あ、ああ。ここは?」 状況が把握しきれていないらしい青年に、できるだけ細かく答えた。 「ここはエトリアの施薬院。病院みたいなもんか。倒れてたお前を武器屋の嬢ちゃんとギルドのオッサンが運んでくれたんだ。後で礼言っとけよ」 「…エトリア?」 「とりあえず、細かい質問は後にしてくれ。お前の洗濯物を干してくるからさ」 軽く笑って部屋を出る。 此処に弟子入りして以来、暫くぶりの治療をさせてくれた青年には感謝している。 どんなに聞いたとしても、実際に治療を施すとなれば話は全く別だからだ。 実践の良い機会だった上に、あの青年の傷も完治したのだから満足のいく結果を残せた。 「あ。名前くらい聞いときゃよかったな」 「ソラッド」 「うおわ!?…な、なんだ、ついてきてたのか」 突如聞こえた声に驚き振り向くと、先ほどと変わらぬ表情で佇む青年。 持ち上げたときの軽さを考慮して分かってはいたが、相当背が低い。 分かりやすく言えば、頭一つ分程。 ちなみに助手の身長は成人男性としては高い方に分類される。 「黙って待っとくより、ついていって聞いた方が早いだろ?」 「そりゃそうだけどよ。で、何が聞きたい?」 ソラッドの言い分に頷いて、助手は洗濯物を竿に吊るし始める。 「ギルドと、店の場所を」 「へえ、即日で礼を言いに行くのか。偉いな」 「いや。剣と鎧がない」 「…あ、そ」 一度手を止めて、彼にギルドと店の方向を指差して道順を教える。 それと一応方向音痴ではないかどうかを確認してから、背中を押した。 「ああそうだ。一晩なら泊めてやるから帰って来いよ。お前の服はここにあるんだからさ」 「泊めてくれるのか」 「治療代はしっかり貰うけどな。…ここだけの話、宿屋の兄ちゃんは宿泊客、特に冒険者にはエグいんだよ。ま、今回はちゃんと此処に泊めてやるから気にせず行って来い」 にっと笑って、手を振る。 ソラッドもそれを見て深くは追求せずに一度は町の方向を向いたが、何か引っ掛かったのか再びこちらへ向き直った。 「…確認のため一応言っとくと、俺は23だからな?」 少し不機嫌めいたニュアンスに、助手の笑顔も固まる。 そんな助手の様子に彼は満足したのか今度は町へと歩いていった。 「嘘だろ?年上…!?」 少なくとも未成年だと思っていた分、衝撃は大きかった。 |
07.07.07 |