第四話  .









人一人が通れるくらいの狭い階段を一歩ずつ慎重に降りていく。
階段は石で作られているもののそれを固めているのは土で、ところどころ崩れかかっていて滑りやすい。
条件は同じだろうに、私が足を滑らせるとクレイはすぐさま後ろから腕を取って支えてくれた。
そろそろ着くかと思った頃にちょうど平らな地面が見える。
洞窟内はナジミの塔より湿気も魔物臭さもひどい。

「崩れた壁はどこかしら」

松明を壁に照らしながら奥へと進む。そこは、すぐに見つかった。
整然と整備された洞窟の入り口には似つかわしくない大岩が私の目の前に現れたからだ。
山から転がり落ちてきたらしいそれは、洞窟の通路を完全に分断してしまっている。

「クレイ」

目配せをして、クレイに預けていた箱を持ってきてもらう。
中には魔法の玉が入っていて、箱はすでに開錠済みだ。

「確か、これを置いてメラを当ててやればいいのよね?」
「ああ。爆発するらしいから、どこか身の安全を確保してからの方がいいだろう」

今にも崩れそうだし、と付け足して洞窟内を見回すクレイに同意する。

「中にまでアヴィラに来てもらえばよかったかしら。いざとなれば魔法で脱出してもらえたかも」

確か魔法の中には屋内から外へと脱出するリレミトという魔法があったはずだ。
移動系の魔法、ルーラを使えるならリレミトが使えてもおかしくはない。
ただ、居ない人を頼っても仕方がないから、ルーラが使えるようになったら勉強して挑戦してみようと思う。
クレイは元々魔法向きではないし、そこは分担すればいいだけのこと。

「…そうだな」

彼は少し遅れた返事をして、安全そうな場所を確保した。
そうして箱から魔法の玉を取り出すと、瓦礫へと近付いていく。

「…っ、アリス!」

大きな爆発音。
瞬間、彼は私の腕を引いて身を横に転がすと私の上に覆いかぶさった。

まだ、魔法の玉は彼の手の中にある。それじゃあ、この爆発音は一体?

どれくらいの時間が経ったのかは分からない。
クレイがそっと上を退いて、ようやく視界が開けた。
とはいえ、辺りには砂埃がまだ舞っていてあまり良好とはいえない。

「なんだ?…人が居たのか?」

クレイの声ではなく、彼よりももう少し高めの声が砂埃の向こうから聞こえる。
隣に立つクレイを見れば、ディスに会ったあの時のように警戒心の強い眼をしていた。

「誰?」

私はなるべく砂埃を吸わないよう口元を押さえながら向こうに聞こえる声を出した。
すると、相手は一人ではないらしく、聞こえるのは二人分の足音。

「…フン」

相手は答えず、不機嫌そうに鼻を鳴らすと杖らしきものを掲げたのがシルエットで分かった。
途端に晴れて行く砂埃。微かに感じられるこの風は、魔力によって起こしたものだろう。
やがて互いの姿が顕になる。

「あら、綺麗な人」

目に入って、その次には素直な感想を漏らしていた。
アイスブルーのさらさらとした長い髪を三つ編みにして垂らし、同じ色の瞳は鋭くこちらを見据えているけれど敵意は見られない。
たぶん、目付きの悪さはクレイと同じく生まれつきなんじゃないかと思う。

「…どーも」
「あはは!ほんと君の容姿って期待を裏切らな、あだッ、痛いって!」

向こうの仲間らしい黒髪の武闘家然とした男が、美貌の青年に杖で殴られる。
杖の先は尖っている方と、平たい方があるけれど、平たい方が遠慮なく振り下ろされていた。
あれが尖っている方だったとしたら、相当痛そうだ。
どっちにしろ、痛そうなのには変わりないけれど。

「で、あんたらに怪我はねーのか」
「そうね。文句の一つも言ってやりたいところだけど。…服が汚れたくらいだわ」
「そりゃよかった。死なれでもしたら寝覚めが悪くなるところだ。じゃあな」

もう用はないと、そう言わんばかりにあっさりと去っていく賢者に唖然と口を開ける。
一言、謝るとか、そういう常識はないのかしら。

「ちょ、ちょっと待ちなよラキル!」

焦った風に呼び止めたのは武闘家の男。
賢者風の男はラキルというらしい。

「なんだよ」
「いやいや、なんで不機嫌なの。見て分からない?この子が俺らの探してる人だよ、きっと」
「ああ?」

黒髪の男に言われ、目つきをいっそう悪くした男は私のほうをじっくりと見やった。
確かに視界が悪いとは思うけれど、あんまり睨まれると沸々と怒りが沸いてくる。
構わず睨み返すと、向こうは片眉を上げた。

「確かにアイツに似て目つきが悪いな。おい、あんたがオルテガの娘か?」
「もうちょっと聞き方ってものがあるでしょう」
「…ちッ、さっさと答え「はいはーい、ごめんねこの子短気で。えっと、君がオルテガさんの娘で合ってる…かな?」

押し退けるようにして前に出てきた黒髪の青年に私は頷いて肯定する。

「そうよ。何か用かしら?」

多少きつい言い方になってしまったかもしれないけれど、未だに口の悪い男と睨み合っているのだから仕方ない。

「うん、僕らを仲間にしてみない?これでも腕っ節に自信はあるし、よく働くよ」
「だからって頼るなよ」
「いやいや、頼ってくれていいからね、うん。こいつのことは空気とでも思って一度考えてみてよ」

有難い申し出だとは思う。
でもそうなると、協調性のなさそうなラキルと仲良くしなければいけないわけで。
ちらりと様子を窺えば、今もまたラキルがレノの頭を杖で殴打していた。

「クレイ、どう思う?」
「…純粋に、受けた方がいいと俺は思う。俺とアリスじゃ、戦力も回復も心許ない」
「うん…。ねえ、あなた達はどうして仲間にしてほしいの?あたしよりも強い勇者が他に居るでしょう?」

純粋な疑問をぶつければ、二人は示し合わせたかのように顔を合わせた後、不思議そうに私を見返した。

「アリアハンは情報の入りが悪いのかな」
「はっきり言えば、現時点で公式に勇者を名乗ってるのはあんた一人だ」

指で示されたことを不快に思うよりも驚きが勝った。

「え…?」

自分の父オルテガや、サマンオサの英雄サイモンに次ぐ勇者たちが各国から旅立った筈だ。
それがもうすでに古い情報だと、この二人はそう言っている。

「さすがに各国から選ばれただけあって途中で投げ出すようなバカは居なかったが…どいつもこいつも志半ばで命を落としやがった。例外としちゃ、先王の崩御で戻った現アリアハン王と未だ行方不明の放浪剣士アイルくらいか」
「アヴィラも勇者だったの!?」

思わず大きな声を上げてしまったが、隣にいるクレイも目を丸くしていた。
近くに居ながら知らなかっただなんて。
けれど事実を知って、彼の言っていた"昔の仲間"の意味が理解できた。

「自国の王と随分親しそうだな」
「ええ。…そうなると、本当に勇者はあたししか居ないのね…?」

疑問符は訊ねたわけではなく、ただの自己確認。
消えていった先駆者たち。
消失の理由のうち例外を除けば、それは旅の危険さを顕著に表していた。
改めて実感したその厳しさに、表情が曇る。

「一つ確認しておきたい」

自然に俯いていた顔を上げて、目の前の綺麗な顔を見つめた。
アイスブルーの瞳はどこまでも冷たいが、けれどそこに優しさが見え隠れしていることに気がつく。

「本気で魔王を倒す気か?」
「当然よ。それが勇者に選ばれたあたしのつとめ」

真っ直ぐはっきりとした声音で返すと、ラキルは満足したかのように頷き、踵を返した。

「ラキル・スレイドだ。こんな薄気味悪い場所、とっとと抜けるぞ」

杖をカツカツと鳴らしながら、自ら破壊した壁の向こうへと姿を消すラキル。
呆然と見送っていると、武闘家風の男が慌てて呼び止めていた。
それから私たちのほうへ向き直る。

「俺はレノ。 レノ・フルリート。 年上だとか気にしなくていいからね。とりあえず、行こうか」

仲間になる云々は私の意志抜きで決定されたらしい。
通路の少し先で壁にもたれかかって待っていたラキルが一瞥を寄越した。

「あんたに双子の弟が居るって情報を掴んでる。そいつは?」
「…残念ながら行方不明よ。あたしはその弟を探すつもり。何か手がかりがあれば遠回りするかもしれないわ。それは許してちょうだい」
「ふうん…。だからあんたが勇者にってとこか」
「勘違いしないで。弟が居てもあたしは一緒に旅立ってたわ」

お互いにふん、と鼻を鳴らして、私はそっぽを向いた。
初っ端からの険悪な雰囲気に、会って間もないレノとクレイが互いに視線を合わせ、溜息をつく。
やがて観念したかように私たちの間にレノが割って入った。

「ストップ、お二人さん。あのね、さっきのラキルの台詞、分かりやすく言えば君の事心配してるんだよ。 弟くんを引き合いに出したのは、こんな可愛い女の子に勇者をやらせるのが心苦しいって。つまり、そういうことだよ。ラキルの口調だと分かりにくいけどね。」
「おい、勝手なこと言うな」
「間違ってないでしょ?…更に断っとくと、別に君が女の子だから役不足ってわけじゃない。頼りにしてるんだよ、これでも」
「・・・・・・そう」
「そそ。ラキル言葉の通訳なら任せちゃって。あの通り性格がねじ曲がってるからあだだだだっ」

饒舌なレノのおかげで場の雰囲気はマシになったが、それでも私たちの不仲は変わらない。
ラキルに殴られつつも、レノは先行きに感じる不安を表情に出していた。
それはクレイにも言えることで、自分が二人にそんな顔をさせているのだと、深く反省した。

「ところで、こっちはまだ名乗ってなかったな。俺はクレイ。その子がアリス」
「クレイに、アリスちゃんだね」
「ちゃんづけはやめてよ。なんだかくすぐったいわ」

幼少時代から勝気だった私は呼び捨てられることが多く、それに慣れているからかどこか落ち着かない。

「わかった。じゃあ、アリス。よろしくね」
「こちらこそ」

レノの素早い訂正に、私は微笑んで握手に応じた。

「おい、あいつ…ラキルが先に行ってしまっているが、いいのか?」
「え、ちょ、待ちなよラキル!」
「馴れ合うのは地上に出てからでもできるだろう。この場所は気に食わない」

先を行くラキルは杖の先に小さな光球を作り道を照らしていた。
そうしてどこか、天井から左右の壁へと意味ありげに視線を移すと、ふう、と息をつく。

「いいから、行くぞ」
「もう、せっかちね…」
「確かに短気だけど、あれで思考能力は人一倍だよ。それは保障する」
「分かったから、俺たちも後を追おう」

見失わないうちに、と付け足して、クレイは二人の間を縫うように先へと進み始めた。
その後ろについた私たちは今までの一連の流れで意気投合してしまって、そのまま他愛ないことを話しながら歩みを進める。

薄暗い通路を幾度となく曲がり、ようやく見えた最後の曲がり角。
そこを曲がればロマリアへと続く旅の扉がある。
ここに来るまでに道を塞いだ洞窟内の魔物は、先頭を行くラキルが全て事も無げに蹴散らした。
そうして曲がり角に差し掛かった時、不意に気配を感じて後方を振り返った。

「…誰か、居るの?」










08.08.26
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