第四話 . | |||
「…っ、タクト、僕の後ろに…!」 隣に居た彼女の腕を咄嗟に掴み、背中の後ろに隠れられるよう思い切り引いた。 おかげでバランスを崩したようだが、爆発の瞬間に弾け飛んだ石片からは守れたと思う。 もう片方の手で自分の顔をガードしていた僕は、砂埃が舞う中呆然としていた。 「アル、タクト、無事か?」 「なんとか…。そっちは?」 「だいじょーぶだよー。ロディは僕が守るからね!」 「はいはい」 「うう、報われてない気がする…。それにしても、一体何が起こったんだろうね」 砂埃のおかげで依然として視界が悪い。 うっすらとロードとフィリアートの姿を確認できた辺りで、ロードが動きを見せた。 身を守るためにしゃがんだままの体勢から、魔力を溜めた左手で薙ぎ払うように空を切る。 すると、砂埃はまるで風に浚われたかのように静まっていった。 視界も先ほどの爆発が嘘のようにクリアだ。 「ここは、不安定なんだな。向こうで爆発があったのかも」 「え?」 「いや、こっちの話。原因がなんにしろ、突破口ができたんだ。願ったり叶ったりじゃねーか」 確かに、爆発のおかげで大岩だったそれは粉砕し、大きな扉が姿を現していた。 ここから先が実質的に誘いの洞窟と呼ぶにふさわしいのだろう。 「…アルディス」 「……はい?」 さあ、行こう。と足を踏み出したはいいのだが、背後のタクトに思ったよりも低い声で名前を呼ばれて思わず敬語で振り返ってしまった。 けど、振り返らなければよかった。 どうしてって、タクトはなんだかものすごく怒っていたから。 「誰がいつ庇えと言った!自分の身くらい自分で守れる!お前にもしものことがあったらどうするんだ!」 「いや、その…体が勝手に…」 実際は彼女の軽装を思っての行動だったのだが、中々彼女の怒りは収まらない。 「そんなうっかり反射で死んでみろ!私はお前を許さない!」 「ご、ごめんなさい…気をつけます」 「まったく…!怪我はないか?痛むところは?」 「う、ええ…っと、ない…と思う」 「嘘付け。ほら、顔に切り傷が…」 打って変わって心配そうな表情を浮かべた彼女は僕の頬に手を添えて回復魔法を唱え始めた。 どちらかと言えば、より近いところで本当にロードを全身で守ったらしいフィリアートの方が傷だらけだ。 けれど、どうやらロードに回復魔法をかけてもらっているらしく、安心した。 代わりに微笑ましいとでも言うような会話が耳に入る。 「タクトって過保護なんだねー…」 「そうらしいな。羨ましい限りだ」 タクトにはその二人の会話が聞こえなかったようで、僕も聴かなかったことにした。 『幼馴染に姉の姿でも重ねてんのか? 満更でもなさそーじゃねーの』 意地悪く笑いながらディスが語りかけてくる。 それこそ、ありえない。 タクトはただの幼馴染だ。確かに守りたい存在、甘えたい存在ではあるけれど。 実際の姉にはそれ以上の思慕を抱いている。それは自覚していた。 『なるほど。じゃあタクトは母さんか』 「ぶ…ッ!!」 「なんだ?やはり、どこか痛むのか?」 「や、違うんだ。なんでもない」 ようやく先へ進みそうな雰囲気になっていたのに、ディスが余計なことを言ったせいでまたタクトが振り返って首を傾げた。 それをやんわりと否定しつつ、胸中で苦笑した。 そういえば、ついこの前もタクト関連で噴き出した気がする。 皆からかい過ぎだ。分かっててやっている分、ディスの方が性質が悪い。 ゆっくりと扉が開いていく。 重そうな扉だったが、フィリアートが難なく開けた。 僕も気持ちを切り替えて、無意識に背中の剣の感触を確かめる。 「準備できてっかー?」 ロードのその声はとても今からダンジョンに挑むような声音ではなくて。 それを頼りに思ってしまう僕は意外と二人のことを受け入れているのかもしれない。 いざという時は、踏み台になってもらうつもりだけれど。 そうならなければいいと、どこかで思っていることも確かで。 『安心しろ。もしもの時は俺が』 それこそ、余計なお節介だよディス。これは僕が背負ったものだ。 君は僕かもしれないけれど、僕は君じゃない。そうなんでしょ? 『…ああ』 「行こう」 誰に言うでもなく、けれど仲間達はそれに促されるように僕の後に続いた。 それっきり黙りこんでしまったディス。 きっとまた何か深く考え込んでいるんだろう。 口調の粗野さとは裏腹に、彼は僕よりもよっぽど慎重だ。 僕はそれを無碍にしたいわけじゃない。 「アルディス」 「ん?なに?」 先頭を歩く僕の肩を引いてロードが引き止めた。 その表情はどこか悪戯めいた顔をしている。 ディスに表情があれば、さっき僕をからかう時にもこんな顔をしていたのだろうな、と思った。 そんな事を考えていると、不意に左手を取られて焦った。 「ちょっ…」 「やっぱり。火傷してる」 「何だと!?」 後ろを歩いていたタクトが過剰に反応し、急いで駆けつけてきた。 「何故言わない!」 「まあまあ。言い損ねただけだよな?アルディス」 「う、うん…」 爆発が起きたあの時、まっすぐにタクトに向かっていく石片を左手で受け止めた。 慌ててタクトを背に庇ったが、間近で衝撃を受けたらしいそれは高熱を放っており、手のひらの皮膚を焼く。 痛みに眉を顰めた次には、頬に切り傷がついていた。 『ホイミ』 ロードが唱えた回復呪文は、タクトのそれのように治療というよりも、治癒と言った方がしっくりくるような、優しい魔法だった。 手を開いたり曲げたりして痛みがなくなったことを確認する。 「どうして分かったの?」 「そりゃあ、アルたちより前に居たからな。フィルトは石片から俺を庇ってくれたけど、熱風からフィルトを守ったのは他でもないこの俺だし。アルにそんな器用な真似できるとも思えなかったから、石片受け止めた時点でモロに受けてんじゃねーかと」 「そっか…すごいな、ロディは」 「…はは」 僕よりも身長のあるロディを見上げると、彼は照れたように笑った。 扉をくぐった先を進んでいると、地下への階段が見えた。 ここまでの道のりは一本道だったので降りるしかなさそうだ。 「崩れたら完全に生き埋めだなあ、こりゃ」 やはり緊張感のない声でロードが笑った。それにフィリアートも笑う。 どうなるにしろ道はここしかないのだ。行くしかない。 地下へ続く階段は、それでも外へ繋がる階段よりかは幾分かマシなしっかりとした石造りだった。 けれど問題はその暗さ。 ここまで持ってきた松明だったが、泉のほとりにある洞窟で海も近いからか、湿気が酷くその炎も徐々に弱まってきている。 「アルディス。炎を消せ。明かりくらいなら私でも作れる」 大人しくタクトに従い、彼女が杖の先に魔力を溜めるのを見つめる。 すると、淡いが松明よりもよほど明るい光が洞窟内を照らした。 先ほどよりも大分様子が窺える。 「ただ、この分魔物は寄り付いてくるだろう。気をつけろよ」 確かにこれだけ明るいのなら魔物に気づかれず、というのは難しいだろう。 「どっちにしろ早く抜けたほうがいいんだ。明るい方がいいさ」 そう言って足の付け根に巻いているベルトから数本のダーツを取り出すロード。 それらは遊戯に使われるものではなく、ちょうど短剣を更に小さくしたようなものだ。 「そうだね」 それに習って僕も背中の剣を引き抜く。慣れた感触が心地いい。 鍛錬を怠っていないとはいえ、アカデミーでの生活は随分と温すぎた。 「一応トヘロスかけてみるけど…」 僕はそう進言して魔力を放出した。 近づいてきていたアルミラージなんかはそれに当てられて逃げ出す。 「いいぞ、アル。だいぶ楽になりそうだな」 ロードはそう言って手にしたダーツでまほうつかいの服の裾を壁に縫い止めた。 横でその手際を見ていたタクトが小さく拍手している。 「おーい。風の吹く方向行ってみたんだけど、床が崩れてて進めそうにないよ。迂回するしかないかも」 先に行って様子を見に行っていたフィリアートが戻ってきた。 その報告を聞いてロードは眉を顰める。 「まじか。それなら尚更急がねーと」 「何故だ?」 「…ここは嫌な感じがするんだよ。長居は無用ってことだ」 理由はどうあれ誰もがこの薄暗い空間に長居したいはずもなく。 手分けして進めそうな道を探しては、合流して進む、を繰り返していた。 そうしてようやく辿り着いたのは、更に地下に向かう階段だった。 「まだ下に潜るのか…」 「まあ、出口は旅の扉だって言うし、いくら深くても不思議じゃないけど…」 良いところで生まれて、恵まれて生活してきたタクトにはやはり旅は肌に合わないんじゃないかと思う。 心配になって疲労しているタクトの横顔をじっと見ていると、睨まれた。 「そんな顔をするな。少なくともそこの男よりは体力はある!」 「はははー、頼もしいな」 そこの男、というのはフィリアートの背に乗っているロードのことだ。 どうやら呪いの話は事実らしく、階段を見つけた頃にはすっかり息が上がっていた。 動きはダーツを投げる最小限の動きしかしていないはずなのに。 階段を下りている際に限界が来たらしく、倒れそうになったところを支えたのがフィリアートだ。 「で、扉が三つあるんだが。一つずつ覗いていくか?」 「ここまでがっちりと扉で閉めてるんなら、通路の先が罠の可能性もあるね」 気を取り直して顔を上げたタクトに、うーんと唸るフィリアート。 確かに罠がないとも言い切れない。 「ロードはどう思う?」 「…アル。俺のこと何でもできる便利な道具とか思うなよ」 「お、思ってないよ」 「…。まあ、いいけどさ。体力さえありゃ、道具でもなんでもなってやるの…に」 そう言ってフィリアートの肩に顔を埋めてしまったロードには、どうやら期待できそうにない。 僕はフィリアートと一緒に考え始める。 「手っ取り早く一番近いのでどうだ?」 「重要なのは奥にしまうと思うんだけどな」 「じゃあ、間を取って真ん中とかどう?」 手前がタクト、奥だって言ったのが僕、間と言うのはフィリアートで。 意見がまとまるどころの問題じゃない。 それならば多数決だ、とロードに目をやったが、反応はない。 「…寝ちゃったみたい」 さすがに困ったように言うフィリアートだったが、起きないものは仕方がない。 ふう、と息を吐いた僕の耳に、何か聞こえた。 ─誰か、居るの? 微かに聞こえた女の子の声。けれど、姿は見当たらない。 『アル。一番奥から聞こえてきた』 耳聡いディスはしっかりと聞き取っていたらしく、声の方向を僕に教えてくれた。 「皆、やっぱり奥だ。間違いないよ」 声の主が誰かは分からない。僕が誰かなんて返事をする術も分からない。 ただそれを道しるべにしようと思った。 「どこから来るんだその自信は」 「…勘だよ」 説明しても理解してもらうのは難しいだろうと考えて、当たり障りなく答えた。 |
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08.08.27 | |||
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