第二話  .









アリアハンの北、レーベヘ向かうまでの道のりの中で一番の難所と言える森を抜けた。
持っていた、先の尖った石を目の前の川に放り投げる。

「アリス、なんだったんだ?」

クレイが振り返る先には、ひっかき傷のような傷をつけられた木々が奥へと続いていた。
先ほど捨てた石を使って私が傷つけたものだ。

「ただ、なんとなくよ。誰かさんが迷わないようにね」
「…そうか」

彼は納得しなかったけれど、それでも追求するのはやめたらしい。

「行きましょ、日が暮れちゃう」

今から歩けば暮れにはレーベにつけるはずだ。
剣を抜いて襲ってきたおおがらすをたたき落とし、もうずいぶんと古い石橋を渡り始めた。



レーベに着いてまず向かったのは、村の辺境にあるお爺さんの家。
昔はアリアハンの王都で研究者として働いていたらしいけれど、今は隠居して古びた自宅で実験を繰り返している。
そんな彼と私のお爺ちゃんは親友なのだ。

「おじいさん」

私は勝手知ったるなんとやら、ノック数回の後に扉を開けて中へ入った。
クレイも住人のことは知っているため後からついて入ってくる。
相変わらず薄暗い室内にはフラスコや資料の紙と本が無造作に散らかっていた。
それらを踏まないよう気をつけながら、灯りの漏れる二階への階段へたどり着く。

「おじいさん!」

階下からもう一度呼びかける。
すると、返事の代わりに聞こえてきたのは小さな爆発音だった。
私たちは思わず耳を塞ぎ、煙が晴れた頃にようやく二階に顔を出した。
そこには俯せに倒れながらもなんとか無事な老人の姿があり、安堵の息を吐いた。

「大丈夫?」

近寄って目についた小さな怪我を魔法で癒してやる。
好々爺然としたその人は腰をさすりながらも笑顔を見せた。

「いやはや、久しぶりのアリスちゃんの声に慌ててしもてのう、薬品をこかしてしもうた。そっちのボウズも元気そうじゃのう!」

皺だらけの顔をさらにしわくちゃにして明るく笑う。
やがて思い出したように首を傾げた。

「はて、今日が旅立ちだと聞いておったがアルディスはおらんのかの?」

思いがけない質問に私は言葉に詰まった。
そういえば、おじいさんと最後に会ったのはアルディスが居なくなる前だったかしら。
弟がいつ居なくなったのか分からない私は暫く思考に囚われた。

「アルは気分が優れないようだったので先に宿へ行かせました」

答えたのは、クレイ。
とっさの嘘にすぎないが、心配させるよりかはマシなことに違いはない。
おじいさんも納得したらしく、そうかと頷いた。

「あやつは相変わらず情けないのう」

そうしてやっぱり微笑んだ。
知らぬ弟のこと、どうやら私の弟はクレイのように格好いいというわけにはいかないようだ。
一体誰に似たんだろう。

「して、誘いの洞窟の開通法じゃったな」
「そう、それよ」

危うく忘れるところだった。
誘いの洞窟は、ここレーベから東、アリアハンからは北東に位置している洞窟で、船以外唯一この島から出る道がある場所だ。
とはいえこの島に行き来する船は全てポルトガという国が管理していて、そのどれもが貿易船。
希望すれば乗せてくれるが、ルートは決まっていて冒険には不自由だし、何よりバカみたいにお金がかかる。
ほかには魔法使いを雇う方法もあるが、こちらもお金がかかるし、何より数が少ない。
希望する土地に行ける魔法使いを捜すだけでも骨が折れる。
そんなわけで、私たちは自らの足で行くことにしたのだ。

誘いの洞窟の奥には、旅の扉と呼ばれる不思議な渦がある。
それに飛び込むと魔法の力が作用して北の大陸にある同じく旅の扉に繋がり、一瞬で移動できるらしい。
けれどその扉は今、洞窟の入り口が崩れてしまったことによって封鎖されてしまっている。
おじいさんはその瓦礫を退けるため実験を繰り返していた。
そうしてようやくできたらしいと祖父から聞いてここに寄ったのだ。

「これじゃ」

そう言ったおじいさんから受け取ったのは鉄でできた四角い箱。
丁寧に錠までついている。

「鍵は?」

当然の流れで聞けば、今度はおじいさんが言葉に詰まる番だった。

「それがのう…言いにくいんじゃが、手近なもんで施錠したらそれの鍵がちと特殊でのう…」

ああ、なんとなく予想できてしまった。

「ナジミ爺のところにあるのね?」
「そう、そうなんじゃ。よく分かったのう」
「分かるわよ。おじいさんが言葉に詰まるときはいつもナジミ爺絡みなんだもの」
「そうじゃったか…とにかく、鍵はあやつが持っとる。みやげにこれを持っていってやってくれ」

おじいさんが棚から取り出したのはレーベ特産の地酒。
昔この村は酒造の一家が居て、その家の一階は酒場として毎夜盛り上がっていた。
けれどその一家は理由も告げず引っ越してしまい、技術を残すこともしなかったため今では幻の一品だ。
それを受け取り、一方ではクレイが小箱を抱えていた。

「中身はどんなものなんです?」

名残惜しそうに酒を見つめるおじいさんへ、クレイは問いかける。
箱の大きさを考えれば大したものではなさそうだ。

「爆弾じゃよ。瓦礫の側に置いてメラでもぶつけてやればドッカーン!…じゃ」
「…物騒なものを作ったのね」
「ふむ、おかげで家もぼろぼろじゃ」

言われて気づいたが、二階には天井がなかった。
階段から漏れていた灯りは夕日だったらしい。

「クレイ、今日はここに泊まってまた明日ナジミの塔へ行きましょう」
「ああ」
「なんじゃ、ゆっくりしていけばよいのに」

そうしたいのは山々だけれど、ただでさえ塔に寄り道するのだ。
急ぐ旅ではないけれど、何かに置いて行かれるような、そんな気がする。

「またゆっくり会いに来るわ。それまで元気にしていて」
「ほっほっほ!そう簡単にはくたばらんわい」

明るく返事をしたお爺さんに安心して、私も笑みを零した。
本当に短い時間だったけれど、少し話をして、それから宿へ向かった。
主人にそれぞれ別の部屋に案内してもらって、くつろぐ。
酒場がなくなったからか、ここ最近は宿泊客が目に見えて減っているのだという。

ベッドに寝転がって、時を感じさせる天井を見上げた。
夜のレーベは本当に静かで、自分の呼吸音がよく聞こえる。
たっぷりと肺に空気を送り込んで、ゆっくりと吐き出した。
まだ、一日目。色んな事がありすぎて、長い一日だった。

「アルディス…」

弟の名前を呟いてみるが、やはり何も分からない。
言葉が喉まで出掛かっているのに音にはできないような、そんなもどかしい感覚。
ディスは自分と同じ赤い眼をしていた。
やはり弟も、黒い髪に赤い眼をしているのだろうか。
赤い眼はともかく、この辺りでは黒髪は珍しくない。
広い世界でたった一人の弟を見つけ出せる自信はなかった。



翌日、旅支度を整えてクレイと共に宿を出る。
寝癖が酷くて直すのに時間がかかり、結局は昼前に出発となった。
宿の主人が気前よく出してくれたパンをかじりながら、ナジミの塔を目指す。

「確か…この辺りよ」

ナジミの塔で剣の修行をしていた時に見つけた地下通路。
それは塔と、アリアハン城内、岬、そしてここレーベ近くの森を繋いでいた。
草むらの中を分け入って、人口的な四角い切れ目を見つける。

「あったわ」

入り口の石の蓋には苔が生えていて時代を感じさせるが、
裏に書かれた魔法文字は未だ効力を発揮しているらしく周囲に魔物を寄せ付けない。
それを力を込めて持ち上げようとしたところで、横から手が伸びてきた。
毎日農具を振るっていた私を差し置いて、いとも簡単に石の蓋が脇へ退けられる。

「いこう」

手際よく松明を点け、先に下へ降りて安全確認をしたクレイから手が差し伸べられた。
それがなんだか悔しくて、でもやっぱり男の子なんだなあ、なんて思ったりして。

「ええ」

その手を取って、塔へ続く地下通路へと足を踏み入れた。
地下通路の空気は地上とは打って変わってじっとりと湿っている。
等間隔に設置されている蜀台に松明の火を灯しながら慎重に進んだ。

途中、いくつかの分かれ道があったが、そこまで入り組んでいるわけじゃない。
行き止まりになれば引き返して別の道を行くだけ。迷いはしなかった。

出てくる魔物も地上とは異なった少し強めの敵。
鋭い角を持ついっかくうさぎや幻惑魔法を使うじんめんちょう。
上階へ行けば更に強敵のまほうつかいなども出てくる。
けれどここでの修行を終えた私と、元々旅をしていたクレイの敵にはならない。
てきとうにあしらって、道を頭に叩き込みながら先を急ぐ。

やがて見えてきた階段を上れば、日が差し込んできた。
一気に視界が開け、立派な塔の内装が目に入る。白い床に石の壁。
それを支える柱は立派な彫刻が施されていて、床のあちこちにも竜の彫刻が埋め込まれている。
誰がなんのために作ったのかは知らない。
アカデミーで習ったかもしれないが、覚えてない。
知っているのは変なお爺さんが住み着いていると言う事だけ。

「最上階だったか」
「そうよ。まったく、どうしてこんなところに住んでるのかしら」
「物好きなんだろう」

表情も変えずに、クレイは二階への階段を見つけて上がっていく。
塔のマップは頭の中に入っている。だから、今更迷うはずもなく。
宝箱にはお爺さんがまた何かを入れているかもしれないが、きっとつまらないものに違いない。
結局、最上階にはこれといった苦労もなくすぐに辿り着いた。
最後の階段を上って、生活感溢れる最上階に顔を出す。

「やあ」

しかし、待っていたのはにこやかに手を挙げて挨拶するアリアハン王の姿だった。










08.06.07
>>TOP >> NEXT(アリス編)
NEXT(時系列順)