第三話  .









目を覚ますと、タクトの姿が傍に見えた。
椅子に座り、僕が横になっているベッドに伏して眠っている。
昨日一体何があったんだだろう。
確か、ロードとフィルトに仲間になってもらったことは覚えてる。
その前後が分からない。記憶が何だか曖昧だ。
おかしいな、お酒を飲んだ覚えはないんだけど…。

『目が覚めたようだな』

そうだ、ディスが居た。

「ディス。昨日、何があったの?」
『倒れたんだよ。疲労が溜まってたらしいな。お前、旅立つまで随分無理してただろ』
「…そっか」

何か抜けている気がしなくもないけれど、変わったことがあればディスが知らせてくれるはず。
そう信じている僕は特に追求せずに、タクトが目を覚まさないよう上体を起こした。
すると、額から乾いたタオルが落ちてきた。それを拾い、彼女と交互に見た。
彼女はよく寝ている。
きっと、夜遅くまで僕の看病をしてくれたんだろう。

「ごめんね。ありがとう」

金色の髪を一束手にとって、梳いた。
コンコン。控えめなノックが部屋に響く。

「はい?」

タクトの頭が足の上に乗っていて動ける状態じゃないため、ひとまず返事をして起きていることを知らせる。
すぐにドアは開いた。
顔を見せたのは先日仲間に勧誘したばかりのロードだ。

「気分はどーだ?」
「おかげさまですっかり好調だよ」
「そか。じゃ、朝飯食うか?」
「うん」
「持ってくる。ちょっと待ってろ」

扉の間から顔を引っ込ませて、ロードが姿を消す。
廊下から聞こえるはずの足音が聞こえなくて、少し気味が悪い。
それからほどなくしてサンドイッチとサラダを乗せた皿を持って戻ってきた。
耳を澄ましていたのにやっぱり足音もしないし気配もない。

「どこで食べ…その様子だと動けそうにねーな」

互いにタクトを見て、苦笑した。
お皿を受け取って、サンドイッチにかぶりつく。
横ではロードが水を入れてくれている。

「フィルトは?」
「まだ寝てる。起こせば起きるからまあ気にすんな」
「ふうん…」

なんというか、まだ会話がぎこちない。
僕は無理に笑っているし、ロードはさっき苦笑した以外ずっと無表情だ。
会ったばかりだから仕方ないのかもしれないけど、この場にフィリアートが居たなら少しはマシな気がする。
たぶん、ロードも本来は人と話すのが苦手なんじゃないだろうか。
水を一口飲んで、二つ目を手に取る。

「ロードってさ、エルフ?」

暫く様子を見ていた彼を、彼が出ていこうとしたところで呼び止めた。
別に意図した訳じゃないけど。

「…いいや?驚いたな、そんなストレートに訊かれるとは」
「え、ダメなの?」
「ダメっつーか…種族間には色々あるんだよ」

と、言われても。
よく分からないままだったけど保留にしておいて、話を続ける。

「ふうん…じゃあその髪は染毛?」

緑の髪はエルフにしかあり得ないのだ。
けれどロードはエルフ特有の尖った耳をしていない。

「これは地毛。大したことじゃない。俺のばーちゃんがエルフなんだ」
「へえ…」

僕はじっとロードを見つめた。それに、居心地悪そうに彼は眉を下げる。
もしかして、ロードも髪の色で他人に色々言われたことがあるのかな。
それでも、僕とじゃ決定的な違いがある。

「きれいだね」

窓から差し込む朝陽がちょうどロードの髪を照らしていて、エメラルドみたいに輝いてた。
素直にその決定的な違いを言えば、微妙な表情を返される。

「…お前な、そーゆーのはタクトに言ってやれよ」
「言ってもいいけど、怒られる」
「そりゃまたなんで?」
「さあ。お前に言われても嬉しくないとかなんとか」

言って、自分の髪を見てみる。光を受けて尚真っ黒な髪。
これのせいで外に出るといつも皆に避けられた。あんまりいい思い出はない。

「確かにアルのは艶があるしな。タクトがそう言うのも分かる気がする。黒髪も、この緑も、珍しいことに変わりないさ。第三者からすれば気味悪いとも羨ましいとも思う。そんなもんだろ」
「うーん…、そうかな。ありがとう」
「ははっ、納得できねーみたいだな」

ロードは笑い飛ばして今度こそ部屋を出ていった。
タクトは未だに眠っている。

「今、何時くらいなんだろ。聞いとけばよかった」

窓から射し込む光で判断するに、まだ午前中だとは思う。
仕方ない。いつまでもこうしているわけにはいかないし。
空になった皿を枕元に置き、深呼吸した。

「タクト、起きて」
「う…、ん」

軽く肩を揺さぶってみたが起きない。

「タクトってば」

今度は少し大きく揺さぶる。

「んー…」

それでもやっぱり起きない。
かと言って手荒な真似をすると後で倍になって返ってきそうな気がするから困る。

「もう…起きないタクトが悪いんだからね…」

左手を伸ばして彼女の両目を覆うように手のひらを翳す。

『ザメハ』

そう唱えて、魔法を発動させた。
ふつうは、ラリホーという眠りに誘われた者の目を覚まさせるものだ。
こういう使い方をされたことはあってもしたことはない。
とりあえず効き目の手応えを感じて、ゆっくりと手を退けた。
ぱっちりと開いた蒼玉がまっすぐに僕を見ている。

「…おはよう、タクト」
「おはよう。こんなに目覚めがいいなんて。おまえ何かしたのか?」
「…ザメハで」

怒られるかと思って、小声になる。
けれどタクトは身を起こしてそうかと返しただけだった。

「体の方は大丈夫なのか?」
「うん。ありがとう」
「…お前、疲れてるなら疲れてるって言え。目の前でいきなり倒れられるのは心臓に悪い」

眉間にしわを寄せて詰め寄るタクトに、僕は頷かずに肩をすくめた。
だって今回は、酒場へ強制連行されたから。

「聞いてくれるんだ?それは嬉しいな」
「…それだけ嫌味が言えれば十分だな」

さっきよりもしわを深くしてタクトがそっぽを向いた。
慌ててごめん、と謝ってこれ以上機嫌を損ねないようにする。

「出発できる?」
「ああ、私はすぐにでも」
「じゃあ、ひとまず下に降りよう」

ベッドサイドに置いたままだった食器を重ねて、部屋の荷物を引き払った。
そう多くない荷物は、数点鞄に詰め込むだけでまとまる。
その荷物を持って出て、一階のカウンターに鍵と食器を返した。

「アルディス、タクト」

呼ばれた方を振り返ると、一番奥のテーブルに座るロードとフィリアートの姿が見えた。
フィリアートの方は寝起きらしく髪がぼさぼさのままパンにかぶりついている。
とろんとした表情で今にも寝そうだ。

「タクトの分の朝飯もあるぜ。まだ食ってないだろ?」
「ああ、ありがとう」

ロードに席を勧められ、朝食をとり始めるタクト。僕は反対側の席に座った。
すると、隣のフィリアートが虚ろにパンを見つめながら僕に言う。

「アルくん…もうちょっとだけ寝かせてほし「ふざけんな。出発を明日にする気か」

鋭く遮ったのはもちろん僕じゃなくてロードだ。
どうやらフィリアートは低血圧らしい。
まだアリアハン大陸内で足を緩めるわけにもいかず、僕も苦笑するしかない。

「一週間に一度、休日を作ろうか。その日は移動せずに、待ち合わせ場所を決めて各自自由行動するとか」
「それはいいね。さすがアルくん!」
「おいおい一週間に一回って合計すると随分でかい休暇になるぞ。急ぐ旅じゃないのか?」
「でもロードだって、息苦しいのはつまらないと思わない?まあ、状況によっては潰れたりするだろうけど。心の余裕は必要だと僕は思う」
「…そ。アルディスがそう言うなら、それに合わせるさ」

なんとかロードも納得してくれたようで、少し嬉しい。
それでも決定する前にもう一人、幼馴染の意見も聞いておかないと。

「うん。タクトも、いい?」
「構わない」
「じゃ、決まり。フィルト、たくさん寝るのは休日にね」
「うん!ありがとうアルくーんッ」
「わ!だ、抱きつくのはちょっと…!」

見境がないというか、なんというか。
フィリアートには申し訳ないけど、少し力を込めて押し退けた。
抵抗しないフィリアートはそのまま元の椅子に戻る。

「ははっ、これから慣れろよ、アルディス。そいつ抱きつき癖があるから」
「…慣れたくないなあ…」
「えええ、愛情表現じゃないか!冷たいなー!」
「私に抱きついてきたりしたら問答無用で沈めるからな」

あえて何処にと言わない辺りがタクトらしいというか。
フィリアートは首が千切れるんじゃないかってくらい首を縦に振ってた。

「そろそろ行こうか」

二人共朝食を食べ終え、今後の方針を決めたところで席を立つ。
今はもう昼過ぎだ。今から祠に向かうなら夕方ごろには着く。

「歩くのしんどいから、ルーラで行こっか」
「え、行ったことあるの?いざないの洞窟に」
「様子見に一回な。フィルトだけ」
「そう!お使いさながら僕だけで行ってきたのさ!あれはさびしかったね、ほんと!」
「なら話は早いな。頼む、コーセル」

大仰に語ってみせるフィリアートに対し、すべてを流すタクト。
なんというかフィリアートは、ロードとのコンビもそうだが、タクトとのコンビも中々面白いと思う。

「スルースキルがロディ以上だね…。おっけー、んじゃ僕の近くに集まってー」

フィリアートの言うルーラは、どんなに場所が離れていようが思い浮かべさえできればその場所に飛べる便利な転移魔法だ。
剣よりは魔法のほうが多少得意な僕も一応は使える。
ただ、思い浮かべるような場所がアリアハン大陸内に限られてしまうけれど。
僕らは固まってフィリアートに触れる。
体の一部が使用者に触れていれば一緒に転移できるのだ。

「いっくよー!ルーラ!」

瞬間、僕らを光の粒子が覆って、たちまちに包み込んだ。
飛び上がるような感覚。
空が見えて、次にはもう目的地らしい場所の地面に足が着いていた。

「とうちゃーく」
「ここが誘いの洞窟?目立たないね」

そこには、比較的小さな岩山に割れ目があり、そこから地下への階段が伸びていた。
入り口は薄暗く、中は完全な闇だ。
おまけに魔物の墨か特有の臭いも鼻についた。

「アリアハン大陸唯一の陸路って言っても過言じゃないからね。巧妙に隠されてるみたい」
「向こうのロマリア側だと、もっと目立たないぜ」
「へええ」

ロードが手早く用意した松明を受け取り、僕が先頭、後にタクト、ロード、フィリアートと続いて洞窟内に踏み入った。
気休め程度に作られたような階段は足場が悪く、僕は松明でタクトの足元を照らしながら降りていく。
自然と足取りが遅くなってしまうが、僕がサクサク進んだところでタクトに足を踏み外されても困るし。

「あれは…」

ようやく平地へ出て、僕は壁にあった松明に持っている火を移していった。
明るくなったその場所で目に入ったのは、大きく通路を塞ぐ岩。それは一部の隙もなく通路を埋めていて、行き止まりになっていた。

「あっちゃ、ここまでは見てなかったなあ。ロディ、どうしようこれ」
「…さあ。ぶっ飛ばしたら、生き埋めになりそうだしな」

ロードがそう言った次の瞬間、その大岩が突如として爆発した。












08.07.23
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