・それぞれの浸入 その6・

 親方の豪快さにもう俺はひけをとらなかった。
「おまえらがいれば実現できるとは思うぞ。そのためには一日費やすどころじゃないが。」
 そして
3人の新人は腕を組み思考に明け暮れた。
「決まったか?」
 数分後、
親方が強い眼力で俺らに問う。
「やります。」
 
3人答えは一緒だった。しかし琴町さんは「り」辺りから参加した。
「よしわかった。じゃあ段取り組んでまた連絡する。里村と大隈に言っといてくれ。」
「その必要はないよ。」
 
親方が言い終わったかどうかぐらいの所で里村さんの声が聞こえた。
「なんだおまえら。いたのか。」
 
親方がびっくりする様子もなく言った。
「というかおまえ、段取りも何もあんな危険な事こいつらにさせる気か?」
 
俺たちがなんちゅータイミングだよと思う間もなく話が始まり、里村さんが湯にはまだ入らず親方の後ろ隣にあぐらをかいて座り、続ける。
「昔俺たちもやろうってなって、結局だめだったじゃないか。人数足りないのもあったけど、5m以上あるんだぞ?俺は気が進まないな。」
 
親方が里村さんに対し、背中で切れる。
「前とは状況違うだろうが。こいつらもそんぐらいのことはわかってるはずだし、色々考えての事なんだぞ!」
 
ここまで伝わる威圧感を出す親方に、里村さんが物怖じもせず答えた。
「周りがわかってるわかってないの問題じゃねーんだよ。あん時だって一人で突っ走りやがって・・・。熊倒した力あっても、5mから落ちたらおまえ自身だって無事じゃすまないのは良くわかってるはずだ!!」
 里村さんは激しく言い終えた。俺は結構激情家だなと思ったが、その時の様子がなんとなく伝わってきた。
「く・熊ぁ!!??」
 間髪いれず、
琴町さんが驚きの表情をあげる。そして珍しく巧さんも顔を変化させていた。
「あ、今度また話しますよ。」
 
俺は出来るだけ話を遮らせないよう間に入った。口止めの件ももういいだろ。
「おまえしってんの?!」
 
無駄だった。そりゃ熊殺しだもんな。琴町さんがいますぐ聞きたそうだ。巧さんは空気を読んでか元の巧さんに戻っている。それを見て琴町さんも諦めたようだ。
「うるせぇな!わかってるよ!!!」
 
親方が合間を気にせずいつもの調子で怒った。しかし親方の変化を感じたのか、里村さんはこう言った。
「本当にちゃんと俺の意見も聞くか?」
 見事に落ち着いた里村さんが親方に問う。
「あぁ。」
 どこか不服そうだが、親方は納得した。
「そうだ。その気遣いがあるなら所帯もてるさ。」
「なんだ急に。」
 
親方が困っている。この二人以外には理解し得ない、急な展開に俺たちは固唾を飲んで見守っていた。
「おまえらもなんだその目は。俺はこの仕事に命を捧げたんだ。もう今更、んなこと考えられるか!」
 
親方が水面をばしゃっとやった。もう今や勢いだけで怒ってる事は誰の目にも明らかだった。
「自分で決めたんだったらそこまで切れる事ないじゃないか。」
 すっかり話をそっちに持っていった里村さんは、そう言いながら服を脱ぎ終えお湯に浸かり、大隈さんも続いた。
「もう狭いな!おまえら後からきたんだからちょっとは遠慮しろ!」
 
親方が先程からのイライラを上乗せしながら二人に向かって吼えた。確かにさっきよりはゆったり浸かれなくなったけど、まだそこそこスペースはある。
「おまえこそずっといるんだからちょっとは譲れよ。」
 
こんなやり取りで、どんどん話がずれる。里村さんが何も言われてないかのように普通に入り続けた。
「やれやれ。戻っちまったな。」
 だが
嫌な空気は流れない。そしてもう親方は喋らない。しばらくの沈黙が流れた・・・・・。
 
 その後、大隈さんが唐突に俺のほうを見て質問をしてきた。
「ところでおまえは彼女とかいないのか?ここにくるぐらいだ。いるわけないか。」
 
大隈さんが笑いながらも勝手にむなしそうな顔をすると、みんながそれぞれのうなだれる様が見えた。里村さんだけは寂しそうだ。
「そんなことよりここまでの近道作る話はどうなったんですか。」
 
俺は周りの空気も読まず話を変えようとした。痛めの視線を感じる中、俺の質問に里村さんが答える。
「こんなとこで細かな仕事の話はいいよ。また事務所なり飯時なり喋る所はいくらでもある。仕事の能率アップに対しても大事な事でもあるし、俺も諦めたくなかった部分あるしな。」
 
さっきのやりとりは何だったんだ。里村さんが仕事のスイッチをオフにしながら言った。喧嘩も仕事のうちなのか?
「そんなことよりって事はおまえあんじゃねーの?」
 琴町さんの言い方が残念そうだ。
「あぁまぁ、高校の時の同級生に気になる人はいました。」
 俺はため息を吐きつつ嫌々喋った。
「それで?」
 普段全く女っ気がないからか、誰が答えるわけでもなく、そんな空気に変わってしまった。皆がお湯を堪能しているように見せてしっかり耳を傾けてきている。仕方ない・・。
「名前は大塚志乃。絵にしか興味がない感じの人で僕が見る限りほんとに絵ばっかり描いてました。今は多分フランスに行ってると思います。俺はちょっとした顔見知り程度でした。」
 俺はこれで終わらせようとした。
「フランス・・・本格的だな。」
 
里村さんが左手であごを触りながら、『ほ〜』っとしたような顔で言った。
「どんな子なんだろうな。」
 どんどん関係ないところで妄想が広がっている。
「まぁそんな感じです。」
 俺は笑顔を作った。
「は?何それ。」
 全員の反感を買った。そこまでして聞きたいことなのか・・?
「もういいでしょ。」
 俺は生意気に切り替えした。しかしそれが仇となった。
「話せるだけ話せ。」
 もう視線を送ることが出来ない所から、静かなる闘志を感じ、俺は服従した。
「わかりましたよ。でも本当に顔見知り程度で、フランスに行くってのは卒業式の後に直接聞きました。彼女には友人と呼べる人がいなくて、それでまぁ・・・。」
 俺は必死に頭の中で思い出をまとめ、話し出した。

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