・それぞれの浸入 その4・

 放課後、帰り支度をしていつも通り帰ろうとすると友実が近づいてきた。
「一緒に帰らない?」
 俺は即承諾していた。
 下駄箱に向かう途中、沈黙が続くことが多かった。
「あぁやっと終わったな。」
 
友実が口を開いた。その時既に、俺たちは校門を出ていた。
「うん。」
 俺ははがれかけのバンドエイドを押さえながら答えた。
「なぁなんでやり返さないの?」
 友実は無念そうに言った。
「なんでだろうね。」
 個人的にはもうどうでもいい。
「俺と友達になってよ。二人で地図とにらめっこしてたら、あいつら多分寄ってこないと思う。それにこの辺詳しくないから俺にとってもちょうどいいし。」
 友実はとても嬉しそうな顔で言った。
「え?」
 俺はよくわからない感情に支配された。

「今から自転車でどっかいくんだろ?楽しみだよな。実はさ、あいつらと遊ぶのちょっと嫌だったんだ。」
 俺は意気揚々とした友実に圧倒された。

「そうなの?俺といるよりは楽しいと思うけど。」
 俺はぼそぼそと喋った。
「俺さ、他の奴らと遊ぶより達中と遊ぶほうが楽しそうだと思ったんだ。だってこんだけ熱中できることなんてなかなかないよ?」
 友実はどんどんワクワクしていっている。
「いいの?とんでもない距離いくし、夕飯までに帰れるか分からないよ?最近俺家で飯食ってないもん。」
 俺はどんどんひっそりしていっている。
「そうなの?それはすごいな。」
 
さすがにびっくりしている友実はちょっと後悔してそうにみえた。それもそうだ。小学生の俺が毎日毎日走ってる距離なんてたかが知れてると思っていただろう。そうして今日も普段どおりの孤独の旅を想像した。
「親に怒られない?」
 ちょっとした間の後、友実は特に感情の起伏を見せずこう言った。

「ほぼ毎日怒られてるよ。こないだテストあったろ?毎日帰るの遅いから勉強なんてする時間ないし、授業中も地図ばっかり見てるからいい点なんかとれるはずもなくて、外出るの禁止にされそうなんだ。まぁ家にいてもするつもりもないんだけどさ。」
 
俺は俺の楽しみが危機的状況にある事を告げた。
「そっか。じゃあさ、俺も頭いい方じゃないから怒られない程度の点数取れるように暇な時にでも二人で勉強してみない?この先いるかどうかもわかんない勉強のために自分の楽しみ削ることないし、まして、親に言われたい放題ってのもしゃくだろ?まぁそりゃ回数とか減るし思う存分てわけには行かないだろうけどさ。」

友達がいなかった俺にはない発想だ。同じ小学生とは思えず、少し大人に見えた。
「うん。いいよ。ありがとう。」
 
俺は素直に嬉しかった。
「なんで?おまえ羨ましいよ。」
 
羨ましがられる意味はわからなかったが、特に聞こうともしなかった。俺にとってはこの状況があるだけで十分だったからだ。いつもと違う楽しさを感じている。急におまえと言われた事にも、違和感を感じなかった。


 その後友実は俺とばっかり、二人だけ過ごすようになり、一緒の中学に上がることになった。しかし俺はやはり友実以外の奴と接する時の性格は変わらず、何も成長することはなかった。変わった事と言えばいじめられる事は無くなったぐらいか。
 
そして友実も小学生の頃とはうって変わり、落ち着きを持った中学生となっていた。部活などが始まり、下校後一緒に帰ったり、小学生の時のように自転車で走り回ったりすることはめっきり減った。二人一緒にいることもテスト前ぐらいになっていった。そうしているうちに3年にもなった頃、友実に彼女ができ、俺が遠慮したのもあってもう遊んだりすることはなくなった。
 
そして俺は土木科のある高校に進学し、友実は普通の公立の高校に進学することになり、別々の道を歩むようになった。しかし友実の計らいで、連絡は途絶えることはなく現状の付き合いのまま進んだ。


 そして数年がたち、二十歳になった頃、友実が中学から付き合っていた女性と結婚することになったらしく、俺は友人代表でスピーチするはめになった。
「俺は友実と小学校の時に出会いました。自分とは正反対の人間で何かと助けられた思い出しかありません。家族思いのいい父親になるだろうと思います。あの頃からこいつは変わってない。」
 スピーチが良かったのか悪かったのかはどうでもよかったが、
小学生の頃に俺をいじめていた奴が同席していて、俺がスピーチをし終わってすぐ、俺の許に駆け寄ってきた。
「ガキの頃は悪かったな。」
 
無言で握手を求めてきた。俺は握ることはせず、そっと添えるだけにして自分の席に戻った。もう頭は空っぽだった。式後、友実と話せる時間を持てた。

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