・それぞれの浸入 その3・


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 30年も前になる。俺は小学校6年
当時のクラスメートに虐げられる毎日を送っていた。
 なぜなのかはわからないまでもない。今はもう無くなっているが、俺は事あるごとに人を見る癖があった。睨むつもりでは無いにしても、そう思われても仕方がないほど視線を送っており、見られてるほうからしたら、
「文句あんのか?いっつもじろじろ見てきやがって。」
 な
んて言われるのはごくごく当然な事だった。
 そんな俺でも、あの頃はまだだれかと遊びたいという欲求があった。誰よりも早く登校し、遊びの準備だけ整えて、いつも誰か来るのを待っていたのだった。
「それどうすんだよ。いらないなら俺らに使わせろ。」
 続々と登校してくる同級生。俺は始業のチャイムまでの、遊ぶ場所の陣取りを勝手にやっていたわけだが、当然『一緒に遊ぼうぜ』なんて言葉は交わされない。
 
一言でよかった。俺が一言さえ言えば、こいつらは俺にとって嫌な奴ではなかったのかもしれない。
 
そんな毎日を過ごしてるうちに、俺は父親に買ってもらった自転車で、暗くなっても一人で近所を走り回ることが増えた。とても孤独で、腹が鳴るまで毎日違う道順で自転車を走らせた。それが下校後の楽しみとなるまで時間は要らず、下校後すぐに行けるよう学校に自転車を隠していたほどだ。
 
家の周辺に飽きた頃、夢中すぎて先のことまで頭が回ら無かったんだろう。親に内緒でほんの小銭をくすねて、パンを買い県外にまでペダルを回した。
 
しかしそのうち遅い罪悪感を感じ始め、何か手伝いをすることにした。初めて手伝いを申し出た時に今までの悪行は全部ばれており、いつも以上にこっぴどくしかられた。その後にまず今迄分の手伝いをさせられる。そして罪を償った後、いつも通りの遊びに出かけた。自分のしたことだったが、とても苦痛だった。
 この頃になると、走る
距離は車でも相当な距離になっていた。ただ虫の声や街灯、昼間とは違う真っ暗な山の風景を見るたびにどんどん落ち着いていった。登校も遅刻寸前の時間にするようになり、学校でのこともストレスにもならないようになった。
 
授業中になると、家から持ってきた地図を教科書で隠してその日に向かうルートを模索する日々が続く。自慢じゃないが、一度もばれたことはない。
 ただ、いじめの格好の餌食になり、地図を破かれたこともあったし、くしゃくしゃにして投げつけられたこともあった。でも俺は気にもせず地図を見たい一心で、破かれればテープで直し、くしゃくしゃにされれば、必死にしわを伸ばして無我夢中で見入った。しかし、暇な小学生のことだ。辞めてもらえる兆しは一向になかった。
 
そんなある日、一人の転校生が俺のクラスにやってきた。先生に紹介される。
「今日からこのクラスに来てくれた、友実兼晴君だ。」
 
これが俺と友実の出会いだった。友実は俺と違い、社交的で人を笑わせたり、いじめられてる女の子を助けたりと、この頃の俺達からしても格好のいい奴だった。ほんの少し妬みの気持ちを抱えながら俺はいつもどおり地図を眺めていた。俺とは違っていじめられることの無かった友実が転向してきてから数日が立った。
「君いつもそれ見てんな。」
 友実
は俺の同意も得ず、勝手に椅子を俺の机の向かい側にくっつけてきた。少し嫌な気はしたが、いくらなんでも、こんだけ近ければ俺の声も届く。
「俺、学校終わってから自転車で行けるとこを走り回るのが好きなんだ。だからいったことがない道がないか毎日見てる。」
 
俺は友実に興味が無く、機械のように答えた。
「ふーん。そうなんか。」
 
と言って友実は行ってしまった。別にこんなことに慣れてる俺にとって気にするまでもなかったが、悪い癖が出て友実の後を追うようにじっと見ていた。すると、
「おい友実。達中にじろじろ見られてるぞ。」
 
いつものいじめっ子が茶化す。すると友実は
「別にいいよ。俺図書室行ってくる。」
 
といって教室を出て行った。言われて俺はすぐ地図に目線を戻し、いつもの感じに戻った。そらいじめられるだろう。案の定いじめっ子集団にすぐ囲まれ、いつも通りめんどくさいことになった。数分すると友実が戻ってきた。手に大きな地図を持って。
「達中。こっちのほうがより細かい道わかるんじゃないか?」
 俺はあっけにとられた。友実は
わざわざ学校の図書室で一番でかい地図を借りてきた。そして早速、俺の手から離れていたボロボロの地図を取り返し、俺を抱え起こす。俺の周りを囲んでいたいじめっ子たちもあっけにとられていた。
 
無理もない。クラス中、いや早くも学年中の人気者になりつつあった友実が、学年中からいじめられるか、気にも留められない俺に寄り添ってきたのだ。
「あぁ、ありがとう。図書室行ったことなかったからこんなのあるなんて知らなかった。」
 
俺はボコボコにされてた事より、嬉しさから来る恥ずかしさのあまり、友実の顔を見れなかった。
「図書室ってけっこうおもしろいよ?ま、俺もあんま行かないけど。」
 
俺は自然と笑っていた。

 
放課後、帰り支度をしていつも通り帰ろうとすると友実が近づいてきた。
「一緒に帰らない?」
 俺は即承諾していた。
 下駄箱に向かう途中、俺のせいで沈黙が続くことが多かった。教室で見る友実を思うと、つまらないだろうなと思ったが違った。
「あぁやっと終わったな。」
 
友実が口を開いた。その時既に、俺たちは校門を出ていた。

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