・それぞれの浸入 その2・

「ほんとだな。今日は俺ら遠慮しておこうか。」
 
巧だ。迎え入れるべきか・・・。しかし周りが静かなのはそうなんだが、もうちょっと聞こえないように喋ったらどうなんだ。
「ここまで来てなんだけど、引き返すかぁ。」
 
琴町・・・だから丸聞こえだよ。しかも何だその言い方は。
「入ればいいだろ。」
 俺は痺れを切らした。
「お疲れ様です。」
 
有村が手を伸ばせば届くところにまできた。しかしながらここにいる全員が自分から喋るタイプの人間ではなかった。かなりの沈黙が流れている。まぁいい。無理に喋る必要はないし、疲れを癒しに来てるんだ。俺は。いいさ。だが・・。
「あの・・・親方・・・。」
「なんだ。」
 
有村が話しかけてきた。俺は平静を装いながら答えた。こいついつの間に立ち直ったんだ。やっぱりただのバカだ。俺とは違う。
「肩・・・もみますよ。」
 
俺ぐらいの年なら普通は子供がいて、一度は敬語ではないんだろうがこんなことを言われてるんだろうか。少し構えてしまったが、このふつふつと沸きあがる喜びが実の子供ではないにしろ、これが里村の言っていたことなのか?あの野郎に息子自慢を聞かされた覚えがある。
「すいません。もうちょっと前出てもらえますか?俺が入る隙間作ってもらわないと・・・。」
 
有村が恐る恐る言ってきたような気がした。
「あぁ・・・悪い。」
 
久々にすんなり謝った気がする。なんだか自然だな。有村が俺の後ろに回り、俺の肩に力を込め始めた。正直物足りなさはあるが、なんだか暖かい。気付くと、他の二人も近くにまで来ていた。
「ところでよ、琴町。おまえひざ大丈夫かよ。」
 業務中、琴町が有村の過失ですりむいた膝を、巧は案じた。
 今日の夕食の時、俺は交じらなかったが話題は一連の叱咤について華やいでいた。その時の有村は、最初はいつもに輪をかけたように暗かったが、後半は笑顔を見せていた。
「あぁちょっとしみるけどな。なんてことねぇーよ。」
 琴町は湯から膝を出し、手で傷の周りを軽く叩きながら答えた。
「はぁ。」
 言葉が出ない様子の有村。心なしか力が弱まった気がする。
「落ち込む意味がわかんねーよ。そんなにひきずってなんかあんのか。」
 昼間の勢いを未だ感じさせる巧に、肩への力は硬直する。
「まぁもういいじゃねーか。なんかあんな事で泣いてやがったけど。」
 琴町が大笑いしながら有村をけなす。このやりとりに俺は自然と居心地はよくなっていた。
「泣いてないっすよ。あんな事で。」
 有村はいつもの調子で喋った。
「あんなこと!!??」
 巧と琴町の息は揃った。この光景に俺は馬鹿笑いしていた。

 その後も俺の前で普通にちゃかしたりしてるこいつらを見て、俺の悩みは解決していた。部下どもに感謝だな。反感買おうが、上手く伝わらなかろうが、もう俺のやり方でやってやる。

 信頼することもされることも人間には大事だ。今のこいつら見てたらそんな事はどうでもよさそうだが、一人よがりはもうやめだ。
 こんな楽しさを味わえたのは、ガキの頃以来だな。

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