・たまにゃ背伸びも実を結ぶ その5・

 次の日の朝、いつもどおり学校に向かった。チャリンコ買えばいいのに、毎朝わざわざ早く出て歩く。毎朝、毎朝、派手なものが何一つない農道を歩いて、蛙の声を耳に入れる。そんな毎朝に退屈してるようなメインの感情の中に、こんなのがずっと続けば・・・といった気持ちも入る。
 そして
歩いて歩くと、学校目前の長く、傾斜のきつい坂に差し掛かった。まだ季節はさわやかだし、汗をかくことはないが夏は厳しいものがある。
 
女子は夏に限らずダイエットにいいだとか遠くで言ってるけど、年に一回の学校の健康診断みたいな行事の際だ。体重計の2,3m手前で固まりを作り、名前を呼ばれた奴はタオルで針の部分が隠された体重計に、キャーキャー言いながら乗ってる光景が眼に浮かぶ。とにかくうるさい。
 
そんな中、大塚さんはクールにさらっとやってのけるんだろうな。いかん。何かと大塚さんに繋げるようになってきてしまった。昨日の今日だし仕方はない。
 
学校に着いた。自分のクラスの自分の席につき、ぼーっとしていた。学年のクラスは4つ。大塚さんが何組かさりげなく見にいくか。そんな背伸びなんてせず、ゆっくり行こうか。そんな葛藤をしてると、トイレに行きたくなった。トイレは1組の教室も越えていかなければならない。


 席を立ち、教室の入り口へ向かった。俺は4組だから数字を下がっていく形になるんだけど、チラッとだけ各クラス見てみようかな。教室を出た時、昨日阿藤に言われた『ストーカー』という言葉が蘇って来たが、様子を伺う程度なら大丈夫だろう。
 まずは3組。体育の時間は合同だが、女子と同じなんてのはイベント前とかだ。この組にはいない。
 次に2組。・・・ん〜いないな。次に行こう。
 進学クラスの1組だ。俺とは何をどうしても合わなさそうな奴ばっかりぽくて、できれば近づきたくない。もしかしたらかなり頭の切れる人かもしれない。だがここにもいない。
 あっという間にトイレについてしまった。窓はすりガラスで閉め切ってるし、見える範囲は出入り口だけだ。あんなんじゃいてもわからないはずだ。だが諦めたかと思いきや、帰りも俺はちゃっかり探した。
 昨日世話になった阿藤とその彼女さんは何かの話で盛り上がっている。引き続きうらやましく思ったが、人と喋るには話題がいることにここで気付いた。致命的だ。
 
いつもとは違う感覚で授業に取り組む俺は、いつも以上に頭に入らない。元々勉強する気もないので、個人的には問題ないのだがやたらローカ側じゃない窓の外を見ていた。俺は窓側から一列目。そこそこ下の方も見える。窓の外は見慣れた味のない風景だが、どこかほっとする。

そうこうしてるうちに、最初の休憩時間になった。移動もないため教室でくつろぐ。何気に窓の外、授業中には見えなかった校舎の下の方を見てみると、大塚さんが授業サボってテニス部のフェンス越しの何かを描いていた。多分コートだろう。職員室の真下なのにすごいな。彼女の不思議な魅力がまるで、呪いのように俺にまとわりつく。あぁもっときれいな表現はないのか。

あっという間に昼休みになった。
「お−い、有村〜。」                            
 
いつもの友人が俺を誘いに来た。どうやらからまた揚げパンを一つ前の休み時間に買いに行ってなかった様子。またうるさいのか。
「なんだよ。」
 
そっけなく答える俺に友人がつぶやく。
「あの子、昨日と同じ場所で絵描いてんぞ。」
 
いつ見に行ったんだ。
「から揚げパン食えたのか?」
 
俺は流すように話題を変えた。
「あ・・・」
 
ありがたいバカがここにいた。
「おまえ昨日の凹み具合忘れたんか?おまえのおかげで俺が動き出せたの知ってんだから、ちゃんと食いたいもん食えよ。」
 
俺はお礼を言うのが照れくさかったので、違う方向で返そうとした。
「俺何やってんだろ。」
 
こいつ絶対損してる。俺のせいだが謝らなかった。そして俺はせめてと言う気持ちで友人を促した。
「俺一人で食うから、おまえは彼女と食えよ。」
「一人?あっこにいるのに?」
 せっかく気遣ってやってるのに、
阿藤は俺を茶化した。
「酔っ払いか!あっちいけ!」
 あぁは言ったが、
俺はそそくさと大塚さんがいると言われている通路経由で食堂に向かった。
「ほんとにいた。」
 
さっき姿を見たばっかりなのに、ついつい口に出していってしまった。しかし気付かれてない。昨日のそぶりを見て邪魔するのは得策ではないと感じた俺は、とりあえず食堂に入り食事を済ませた。そして来る時に彼女は何も口にしていない様子だったし、勝手に選んだパンとコーヒーを渡そうと思った。
「お・大塚さん。」
 
昨日の余韻で声をかけた。無言で彼女は振り返る。やはりとても怖い顔だ。
「昼、なんか食べた?もし良かったらこれ食べていいよ。」
 
俺は精一杯の顔を作り差し出した。すると、彼女の顔が急に優しくなり
「ありがとう。いただくわ。あたしご飯とか二の次だから。お金払うわね。」
 
といったまま元に戻りまた描き始めた。その際長めの髪がなびいて優しい匂いが辺り一面に香った。常人離れした絵に対する横顔に、いつしか俺ははっきりと惚れていた。
「いいよいいよ。そんな時間もったいないって。」
 俺は精一杯そう言って、逃げるように教室に戻った。
 
昼の授業が始まった。俺は始まる途端に寝た。起きると放課後だった。先生も起こしてくれたらいいのに。教室を出て、いつも通りの家路に着いた。

 そしてそこからの
数ヶ月間は、俺は大塚さんと顔は合わすが、全く進展のないまま半年が過ぎ、修学旅行の季節になった。行き先は京都。修学旅行といえばに必ず出てくる場所だが俺には大都会だ。古都と呼ばれる、地元と違った田舎くささもまたいいに違いない。

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