・たまにゃ背伸びも実を結ぶ その4・

「はい?」
 
とても透き通った声だ。少なくとも俺にはそう聞こえた。しかし彼女の顔は明らかに邪魔をするなという感じだった。俺は怖気づくかと思ったが、ますます魅力的に思っていた。
「あの、急にこんなこと言われても変でしょうけど、絵書くの好きなんですね。」
 
俺は質問を考えていなかったのもあるが、わけがわからなくなっていた。
「あぁ。だからここにいんの。」
 さっきより柔らかくなった表情で、彼女は答えた。
「ですよね。すいません。あの知らないと思いますけど、僕あなたと同じ学校の有村と言います。3年です。」
 焦ってるのを悟られまいとして、発言が箇条書きのようになったが、
何とか自己紹介を言うことはできた。
「あ、そうなんだ。初めましてだね。」
 
落ち着き払った彼女は、こちらも見ずにこりとはしてくれたが、そのまま自分の目的へ眼をやった。正直彼女の横顔で十分な感じはあったが、俺も目的を忘れてはいけない。
「あの、名前なんていうんですか?」
「あたし、大塚よ。大塚志乃。学年一緒だね。」
 もう今の状況に俺は限界が来ていたが、俺はここぞとばかりにもう一歩踏み出した。
「あのさ、ちょっと喋ってもいい?時間・・・」
 
大塚さんは俺の話をさえぎるように
「あぁ、ごめん。」
 
といったまま、さっさとレジへ向かっていった。俺は複雑な気持ちのまま阿藤の下へ戻る。
「おまえのあんな顔初めて見た気がするよ。」
 
せせら笑いそういった後、阿藤も俺の下を去る。その先には阿藤の彼女さんらしき人がいた。この二人のおかげで俺は・・・・。そんな事より俺は、ただうらやましく思っていた。
 予想外の結果に高揚した俺は、
自転車でも結構な距離の帰路をなんなく歩いて帰れていた。名前を聞けたという、それだけで。


「ただいま。」
 
家のドアを開け、とりあえず2階にある自分の部屋へ向かう。
 俺に兄弟はおらず、そんなに広くない家の一室を自分の城にしている。城と大袈裟に言ってもそんなにたいしたものはおいてない。ベットとテーブル・・・あとはちっちゃい頃に作った簡単なプラモデルがたんすの上においてあるぐらいか。今の小屋と変わらないな。時間は夜の8時。
「洋平、ご飯冷めてるわよー。」
 
母親の声だ。どこか心無い。俺は無言で居間に降りた。
「珍しいわね、どこいってたの?」
 
俺はたいがい学校が終わるとまっすぐに家に帰り、家で退屈な時間を過ごすだけで、外に出ることは稀だった。
「あぁ、ちょっと店に。」
 
俺は飯を食らいながら答えた。
「あらー。」
 
母親はそっぽを向いた。どうでもいいなら聞くなって。だが、いつものことなので俺は何も答えなかった。
 この母親は自分で聞いたことでも、その後何か他の興味を見つけると、とにかくそっちへ行く。
 
今回は虫を発見したため、それを退治しようとしてるようだ。どうせ会話に戻ってこないんだろうな。まぁこんなんでも唯一だ。
 
俺は手早に食事を済ませ、部屋に戻り、布団に仰向けになって今日の出来事を思い返していた。 
 自分の限界を超えれたことより、普段はとてもそっけないが、彼女のどこか温かみのあるあの表情に、もはや首っ丈になった。
「あの子、下の名前志乃って言うのか。大塚志乃か。いいな。」
 やることのない俺は彼女のあの横顔を脳裏に浮かべながら、眼を閉じた。

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