・たまにゃ背伸びも実を結ぶ その11・
充実した修学旅行も終わり、阿藤を始め受験勉強に奔走する同級生を尻目に、少しだけやる気が湧いた俺は、ガソリンスタンドのアルバイトに精を出し卒業を迎えた。
無事に終わると、卒業証書を手になぜか、前に大塚さんを見たテニス部のコート前に向っていた。校舎をコート側に曲がると大塚さんの姿があった。卒業式後のせいもあってか哀愁が漂っている。
「卒業おめでとう。」
俺は何気なく話しかけた。
「おめでと。もうここともお別れね。」
大塚さんは寂しそうにコートやフェンスを見つめ呟いた。決して俺のほうは見ない。
「俺はなんとなくなんだけど、ここに思い入れあるの?」
俺は窓から見てたなんて口が裂けてもいえない。
「あたし小学生の頃、喘息でね。そのとき住んでた家の近くにテニスコートがあって、そこで汗かいてるお姉さんたちが羨ましかったんだ。ほんと学校も休みがちなほどで、その姿を絵に描き始めたのがあたしの人生の始まり。」
大塚さんは懐かしそうに目を細めた。そのままこっち見たらとても色っぽい流し目になってただろう。
「そうなんだ。大変だったんだね。」
告白しようなど思わなく、京都と同じようにただただ喋りたかった。
「ちっちゃい時はね。もう今はここまで歩いてこれるくらいだし、なんでもないよ。」
大塚さんはこっちを見た。俺は目をそらしてしまった。
「喘息抱えてたなんて見えないよ。ところでさ、自分の絵描けるようになるといいね。」
俺は平静を装っていたが、顔はどうなっているかわからない。
「そうね。じゃあ。」
そう言って大塚さんはここを去ろうとした。
「卒業したらどうするの?」
俺はとっさに聞いていた。すると大塚さんは俺の顔を真剣な顔でじっと見てこう言った。
「あたしフランス行くの。高校入ってここまで喋ってくれたの有村君だけよ。ありがとね。でもほんと変わってるよね。」
最後はあの笑顔を見せてくれた。
「そうかもしれないな。けど俺、本当に楽しかったよ。」
そう言って学校での最後の会話を交わした後、大塚さんはすぐフランスに向かった。
「こんなことはありました。」
かなり長い話になってしまったため、途中途中でみんな足だけ浸かる状態になっていた。もちろん俺も。
「なげーよ。修学旅行の話なんてはしょっていいじゃねーか。」
言われるとおりだとは思うが、一番煽って来てたはずの琴町さんがだだっこのように、口を尖らせた。
「あぁのぼせた。」
大隈さんももうすっかり足も湯から出して、あぐらをかく。
「・・・・・。」
俺も暑い中、必要以上に喋っちゃったなと思いながら手で顔を仰いだ。正直途中でめんどくさくもなったし、自分で好き勝手喋っときながら後悔しか残っていない。そして全員がもうどうでもいいや的な空気になって、思い思いに涼を仰ぐ。その後、帰路に着いた。
少し歩くと、ひんやりとした空気のおかげで全員がだんだんと我に返り始めた。
「んでなんだっけ。」
大隈さんがぽっと呟く。
「のぼせると記憶飛ぶなぁ。」
里村さんまで現実逃避しているかのように呟いた。
「で結局それっきりか?」
巧さんが冷静にも話を蒸し返した。
「一応手紙もらえたらと思って、実家の住所は教えたんです。もしくれなかったらもう連絡の取りようないですけどね。」
俺は苦笑いで返した。
「楽しみがあるだけいいじゃねーか。」
なぜか琴町さんが、俺に肩を組んで来て勝手にはしゃぎだした。
「・・・・・。」
親方はいつも通り口を閉ざしている。そんな親方の右手に何気なく目をやると、生々しい傷跡が左右に二本、川の淵のように伸びている。
「俺も帰りたくなっちゃったな。」
唯一の所帯持ち、里村さんが口を開いた。家族の話になると、途端に寂しさが渦巻く。
「次の休みまで結構ありますもんね。」
琴町さんについていけない俺は、相手にせず、里村さんの寂しさに同情した。
「明日っからまたビシバシいくぞ。」
寡黙だった親方が急に口を開いた。
「今までで十分ビシバシでしたよ。」
すると琴町さんが悪態をついた。
「なんだとこらっ!」
「おわっ!」
親方の堪忍袋の尾を切った琴町さんは巧さんの後ろに逃げた。
「てめっ・・。なんでこっちくんだよ!」
巧さんにとばっちりが追いつきそうになる。両方から逃げるのは難しそうだ。
不器用というかなんというか・・・・。親方が他人に対してこんな怒り方をしたのは、初めてなのかもしれない。顔は一貫して、いつにも増したような表情だが・・・。真っ暗な森の中で、6人の中に多種多様な楽しさが膨らんでいった。