・死と結束 その1・


 rrrrr・・・・・rrrrr・・・・・


 宿舎に着き、俺は事務所へ向かった。なんだか嬉しくて、いつも通り遅い時間に実家に電話した。
「はい、有村。」
 
いつもと様子の違う親父が出た。
「またこんな時間にごめんな。俺だよ。」
 
俺はいつもの調子で伝えた。
「あぁ。急なんだが、さっきなおまえのお母さん亡くなったよ。」


「・・・・・・。」

「事故か?」
 俺の質問を遮る様に、親父が喋りだす。
「お母さんが死ぬ前におまえに言いたかった事、そのまま伝えるぞ。」
 
親父は泣き疲れたのだろうか、声が聞き取りにくい。
「洋平。急にごめんね。お母さん思ったより頑張れなくて。まるであなたが高校生の時のようね。だけどね、この間電話をもらった時には、もう手遅れだったみたいなのよ。」
 ここまで読み、親父は言葉がつまった。そして無理やりに落ち着けた様子で続けた。
「あなたが旅に出るって言った時、お父さんもお母さんも止めなかったわよね?あなたが初めて自分の為に動き出したことが単純に嬉しかったから、邪魔したくなかったのよ。それまでとは違って、アルバイトで家にいない時間が増えていってたでしょ?それもあったから、本当は心配してる事、あなたに気付かせないようにしたつもりよ。」
 実家を出た時の、両親の顔が頭から離れなかった。休日じゃないのに、二人揃って見送ってくれていたんだ。
「本当はすぐ帰ってくるだろうって、お父さんといってたのよ。だけどね、日にちがたって、突然くれたあなたの電話での話し方にびっくりしたのよ。お父さんはそうは言わなかったけど、嬉しかったんだから。あなたは小さい頃から、思いやる気持ちは誰にも負けなかった。あなたは認めたくなかったり、信じられないかもしれないけど、何よりそれがお父さんとお母さんの誇りだったのよ。それだけでも十分と言い換えても良いわ。今手元に、修学旅行で撮ってくれた写真があるの。あなたはぶっきらぼうに、全て撮り終えたインスタントカメラ渡してきただけだったけど、きれいに撮れてる。元気でいてね。あなたのお嫁さん見たかったわね・・・・・。あ、それと。今の仕事に自信がつくまで帰ってきちゃだめよ。」
 
言い終わった後、親父はすすり泣いた。まだ余り時間は経ってないようだ。
「こないだ元気だって言ったのは嘘だったのか?疲れて寝てたんじゃねーのか?俺と喋った時のお袋の声元気だったじゃねーか!」
 俺は理解できない苛立ちから、腹が立って仕方なくなっていた。

「全て母さんの意思だ。」
 親父は
上ずらず、いつも通りの・・・だがどこか抑えたような声で答えた。
「俺帰るよ。もう自信だってついた!」
 明らかに意味の無い過信だ。もがこうとするほど、母が遠くなる気がした。
「馬鹿野郎。今ここで帰ってきたら、おまえは勘当だ。」
 親父に殴られた気がした。とても痛い。
「好きにしろよ!こんなの納得できるわけないだろうが!!」
 俺は
お袋を看取った親父の気持ちを考えてやれてなかった。とにかく俺は、父親に噛み付いていた。初めてのことだったが、ぶつけるところはそこしかなかった。とても無念だ。
「なんでだよ。いつから苦しかったんだよ。本当はそれもわかってたんじゃねーのか?俺のためだとか言って・・・。耐える意味がないだろうが!!邪魔したくないとか言ってんじゃねーよ!!俺は・・・・・。俺は・・・・・。」
 
俺はやりきれない気持ちなんて同じはずの父親に向かって怒鳴っていた。全て自分の愚行が招いた結果だと、自分に対する悔恨の念だけが残った。
「あぁそうだよ。おまえの言うとおりだ。気持ちはわかるが、自分を責めるのはやめろ。誰も納得などできるはずがないだろう。だが受け止めるしかないんだ。俺もおまえもお母さんも、全て自分で決めたことなんだよ。わかったな。」
 
さんざん当り散らした俺を、優しく引き離した親父は、静かに俺を制し電話を切った。
 親父に何を言われようとも、俺はこの事実を受け入れたくもなく、わかりたくもなかった。いなくなるなんて。急に。親父はお袋の死を看取ったからそんなこと言えるんだとも思ってしまった。
 この先どう転んだってもうあのお袋には会えない。実家に帰ったって姿は無い。何よりもう飯も作ってくれないんだ。俺にだっておふくろの味はある。もう長いこと食ってないのに。
「どうしたんだ。でかい声だして。」
 
全員が事務所に集まりだし、里村さんが俺に少しずつ近づきながらそっと俺の肩に手をやった。
「母親が・・・・・。亡くなったそうです。」
 
俺は自分の意思とは別に、くしゃくしゃになった顔を見せたくも無かったが、言葉が先に出ていた。そして空気の変わり目を感じた。
「残念だよ。」
 
里村さんの側にいた巧さんが絞り出すように言った。あまりにも突然な出来事に、全員が整理のつかない状態に陥り、その中で出してくれた言葉だった。だが俺は、静かに巧さんに食って掛かっていた。

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