・死と結束 その2・

「やめてくれよ。」
 俺は巧さんを突き飛ばしていた
。罪もない人を。こんな姿母親が喜ぶはず無い。
「すまん・・・・・。すまん!」
 巧さんは
ほとんど無抵抗で、机を体にぶつけながら床に倒れこんだ。そして痛みが走った部分を押さえながらかすれた声でそう言った。
 巧さんのそんな姿に、俺は涙が止まらない。気付くと俺は床に座っていた。沈黙が流れる。俺は顔を上げる力もなく、動く気力もなくなっていた。
「有村。おまえの気持ちを判ってやれる人間なんてここにはいない。だけどな、おまえをどうにかしてやることが出来る人間はここに揃ってるぞ。」
 
親方が口を開いた。俺は顔を上げた。全員が泣いてくれていた。もう十分だった。
「巧さん・・・。」
 
俺はそのまま土下座しようとした。
「立てるか?」
 ダメージの残る
巧さんが、俺の腕を持ち上げひっぱりあげた。俺は謝るより先に巧さんに抱きつき泣き叫んだ。
「明日は休みにしよう。おまえのやりたい事、全員で叶えてやる。構わないよな?達中。」
 
里村さんが鼻をすすり、真っ赤な目のまま笑いながら言った。
「もちろんだ。」
 
親方はいつもの声で答える。
「喉、渇いた?」
 知らない間に
琴町さんは水を持ってきてくれていた。俺並みになきじゃくってくれたようだ。
「有村。おまえ宛の手紙、届いてるぞ。」
 
消印はフランスだった。親方の手の中にある封書はまさしく俺宛だった。
「な・なんで?」
 
俺は汚くなった顔で、驚いた。
「おまえがここで働くと決まった時、ご両親の提案で、おまえ宛のものはここに転送されるようにしといたんだ。里村を使っちまったが、ご実家の電話番号は聞いてたろ?俺は雇い主だからな。断りとお願いをおまえの両親に伝える義務がある。その時、おまえのお母さんの声聞けたよ。これはついさっき届いた。返事用の封書と便箋までは手が回らなかったな。」
 
親方が顔を背けた。
「あ・ありがとうございます・・・。」
 
言葉もない。そしてもうそれ以降誰からも声は出なかった。
 
 
朝が来た。あの後みんな自分の部屋へと戻ったが、俺は結局一睡も出来ず一晩中、天井を見て朝まで過ごしていた。朝までの間、昔を思い出していた。俺は母親の子守唄がなければ、小学校に上がるまでなかなか寝付かなかったらしい。ぼんやりと残る、その頃の記憶が甦った。

「ねーんね〜ん〜・・・ころーりーよ〜・・・おこおろーり〜よ〜・・・・・・ぼうやーは、よいこぉだ・・・ねんねーしな〜。」


 ここまでしか覚えてない。だが俺にとってはこれで十分で、知らずとこの誰でも聞いたことのある子守唄の一部分を繰り返し歌っていた。
「あの頃の俺に今の知識があれば、テープレコーダーで母親の声を録音したのにな。」
 もう叶わない夢を見つつ、少しにやけながら、俺は
そう心の中でぼやいていた。そしてお袋との今までのやりとりが頭の中を駆け巡った。
 だらだらとした毎日を、飽きもせず怒ってくれていたり・・・・・。そんな中でもさりげなく、気遣ってくれたり・・・・・。そして俺が実家を出た時には、泣いてくれていた。

 色々な事を思い出してる間、また一気に身体が熱くなった。
 体を起こし、目線を先にやると、さっき親方から受け取った封筒が置かれている。未だ封を切られてないその中身は、今どんな表情をしているのだろうか。まだ切らなくていいといった表情であればありがたい。

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