・死と結束 その3・


 コンコン・・・


「有村―?」
 
里村さんの声だ。みんなもいる。今は朝の8時。
「はい。」
 
俺は部屋を出た。全員が一様に顔を腫らしている。なんだか信じられない。
「今から納屋の隣にでも、お墓の代わりになれるような物を作ろう。形だけで不謹慎だが、おまえにとってはいいだろ。」
 親方が笑っている。
「とりあえず、買い物する人間と、準備する人間にわけよう。おまえはどっちがいい。」
 里
村さんもにこやかだ。
「すいません。準備させてください。」
 
全員がもちろんだと言わんばかりに、それぞれ動き出した。俺と親方、そして巧さんがお墓の準備。残りの3人が買出しに決まった。
「俺石探してくるよ。」
 
親方が敷地内を動き回る。
「ある程度掘ろうか。しっかり立てなきゃな。」
 体の痛みを感じさせない
巧さんは、いつもより優しい顔で俺のためにつるはしを振っていた。
「巧さん・・・。昨日は本当に・・・」
 
俺は謝ろうとしたが、巧さんは遮った。
「朝起きた時の方が痛かったけど、おまえの本意気が身に染みたよ。お母さんも喜んでるんじゃないか?」
 
ついこの間坑内で俺を叱ってくれたり、昨日も身体を張って受け止めてくれたのはこの巧さんだ。多分どの従業員でも、同じ状況であれば同じ事をしてくれたのに違いない。そう思わせるのも巧さんだった。
「おい戻ったぞ。」
 
親方が手押し車に、大きくはないがとても美しい石を拾ってきた。ところどころ欠けたり、ひびが入っていたりはしているが、俺にとっては十分すぎる墓石が届いた。
 最初の決定どおり、
いつも仕事前に集まる場所の、すぐ山側に俺たちは穴を掘っていた。仕事前に挨拶できるようにと親方の配慮だ。
 俺は感謝の気持ちが上手く表せなく苛立っていたが、今すぐ応えるより全員が動いてくれてるのだ。自分もやれる事をやろうと、必死にどうすればお袋が喜んでくれるかと考えた。
「じゃあ立てましょうか。このことは俺たちが勝手にやってることで不謹慎に値するのかもしれませんが、俺たちにとっても重大なものですよね。これで罰が当たるなら俺たち全員で受けましょう。それぐらい俺は屁でもないですよ。」
 
巧さんが3人で石を持ち上げようとした時、少し力を抜いたかと思いきや、空を見上げてこう言った。
「当然だ。」
 
巧さんに応えるように親方が言った時、俺は何も言わず頷いた。普通の墓地にあるような立派な風景にはどうしてもできなかったけど、俺にとって世界で一つだけの墓がここに誕生した。
「お袋喜んでくれてるかな・・・。」
 3人が石を扇形に囲い、完成に笑みをこぼした。

                  
                   ********


 運転席に俺が座り、助手席に琴町。荷台に大隈が陣取った状態で山を降りた。現場から熊取もいるふもとへ向かうへと向かう、現場に一台しかない軽トラックの車中。
「まずは花と、ありったけの線香だな。」
 俺は必要な物を確認した
。大隈は運転席に背を向けるように座っている。窓は開けているが風もあるし、俺の声は届かないだろう。
「母親がいなくなるって、どんな感じなんですかね。」
 琴町も窓を開け、右手で頬杖をついている。悲壮感というより、頭が真っ白なようだ。
「どうなんだろうな。俺も自分の親から家族から元気である、この当たり前の状況。考えさせられたよ。誰かが死ぬなんて考えてもなかったしな。」
 
まだ出会って間もない有村の気持ちが、痛いほど胸を締め付けた。
「俺の親なんて、まだまだ元気なのに・・・。あぁ・・・・・。」
 力の入ってなかった琴町の左手が、琴町の口元へと向かった。
 
俺は正直もうこの話はしたくなかった。どうしても後ろ向きになってしまうからだ。だけど止まらない。まだ山の中だ。逆風の中大隈の泣き声が聞こえ、涙があふれた。
 
琴町は自分の太ももを囲むズボンを両手で握り締め、すすり泣き、あたりをびちゃびちゃにしている。

 
ふもとに着き熊取と会った。俺たちが執拗に腫らした目を見て、事情を聞きだしてきた。
「少し待ってろ」
 俺達が事の顛末を伝える
と、熊取はそう言い残し、今運べそうな分の食糧と酒・飲み物を担ぎ出して来、自分の店を臨時休業にして出てきた。まだお客さんがいたのにも関わらずだ。早くこの心意気を有村に教えてやりたい。
 俺たちは急いで足りないもの、必要なものを買い揃えた。そして一杯になった荷台を二人に任せて、現場に戻った。

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