・死と結束 その4・


「そろそろ戻ってくる頃かな。」
 現場の三人は
墓石の設置も終わり、周辺の掃除や整理を終えて、買出し班の帰りを待っていた。
 その間誰一人口を開かず、今は汗をかくのもあって、誰一人喪服を着ていない。そして持ってない人間が多数でもあるため、買出し班はそれも買いに行ってくれている。
 
もう昼近くになっていて、今日朝飯を食っていない俺たちは、昼飯の準備に取り掛かっていた。今日は質素な食事にしようと、誰が言ったわけでもなくそうなった。
 
近くで獲れた川魚と味噌汁とご飯。日本人の朝飯を今日のメニューにし、サカナ以外の調理を終え、石の前で里村さん達を待っていた。
「ところでおまえあの手紙は読んだのか?」
 
親方が落ち着いてきたのか、いつもの調子で聞いてきた。なぜか親方は調理をしだすと呼吸が乱れる。
「いえ。まだ読めてなくて、部屋においてあります。」
 なんとなくそのまま置いておきたい気持ちもある。
「里村さん以外だと、おまえぐらいだよなぁ。浮いてんの。」
 巧さんが少し羨ましげにこちらを見た。

「そういう言い方辞めてくださいよ。」
 
親方も笑っていた。昨日あんなことがあったのに、空気はとても清々しかった。家にいたままだったら、ここまでの回復はなかったんだろうか。親父ごめんな。
 
 
そんな頃、買出し班が戻ってきた。
「おう。有村。この度はご愁傷様だったな。」
 熊取さんが持ってきたものを肩に担いできた。沈痛な面持ちは、空気をおごそかにした。

「熊取さん、今日お店やってる日ですよね?」
 俺は不思議に思った。ちなみに
熊取さんの店はほぼ年中無休だ。今、関係ないことを掘り下げるが、熊取さんの都合で休むこともあるらしい。なぜか休みが不定期なので、周辺のお客さんはもろにあおりをくらうことになるが、そこは寛大な田舎の人間ばかり。怒ろうなんてしないという。まぁたまに冗談なのか本気なのか、嵐が吹きすさぶことはあるようだ。
「おまえ仕事してる場合じゃないだろう。俺にも手伝わせろよ。みずくさい。」
 熊取さんは荷物を置いた。そして運んできた残りを取りに行った。
「お待たせ。」
 さらに買出しに出ていた3人も、次々に運び終え、全員が揃った。
「飯の準備してたのか。」
 
準備してた物をみた熊取さんは、作ろうとしてたものを察知し焼きにとりかかった。
 そして
夜バーベキューをしようと思ったのか、大量の肉を持ってきていた中の少しを添え、少し質素を超えた昼食になった。
 
全ての準備が整った頃、着替え終えた従業員全員と現場の世話役は喪に服した。

「体洗ってからのほうが良いかな。」
 少し前、着替えている時に、気遣ってもらった。
「そのままでいいですよ。普段汚いでしょ?それをみてもらいたいすから。」
 改まると恥ずかしいものだが、一度ぐらい熱心な所を自分から見せても良いだろう。
「じゃあもうちょい汚す?」
 誰とは言わないが、能天気だな。
「そういう事じゃないです。」

 母が好きだったラベンダーを石の少しだけ手前に一本だけ添え、手を合わす。あたりに線香の香りが漂い、俺は昨日と違う涙を流した。
「よし飯にしよう。その後もう一度掃除と、後はどうする。」
 
親方がまだ少し腫れてはいるが、もう赤くない目で全員に質問した。
「こないだ言ってた温泉への道作りますか?」
 
飯に手をつける前に、俺は聞いた。
「おまえ今日は・・・。」
 
琴町さんが今日は真面目に俺を制した。
「そうだな。今日は有村のお袋さんの前で過ごしてもいいだろう。今日が初日だ。というか動きたくないといった感じか。」
 
親方が味噌汁を飲み干し、自分の運んだ墓石に姿を変えた石を見つめながら言った。感慨深いのかまだ見つめている。
「ご馳走様でした。」
 
巧さんが手を合わせ、食事を終えて片付けに行った。もう親方同様いつも通りの姿だ。他の人たちも次々に片付けに行く。俺は母親の墓前で行儀悪くいつまでも居座った。親方も付き合ってくれた。
「ここまでしてもらえるとは・・・。」
 
俺は限りなく小さく呟いた。
 
俺は自分の座るすぐ側にあった、何の変哲もない石を拾った。握るとここはよく日が当たるのにとても冷たい。こするとざらざらしていて、どこにでもある普通の石だ。
「ずっと見てきたのかな。」
 あの坑口でのやり取りも、毎日の楽しみである飯も。俺が来るずっとずっと前から、身勝手な人間を見てきたんだろうか。自分の意思の赴くまま動ける人間を羨ましくも思ったのだろうか。
 石の内側から暖かいものを感じたと、錯覚した
俺はいきなりその場に寝転んだ。
「有村?」
 
親方が心配そうに俺を尋ねる。
「大丈夫ですよ親方。今皆さんのぬくもりを感じたくなっただけですから。」
 
親方に伝わるはずがない。おかしくなったんじゃないかと心配を買われただけだった。そして寝転びながら俺は一言だけ言った。
「俺はここの現場が好きだ。」
 空が高い。この短期間でいろいろあったが、とても身になった。

「ため口とは・・・おまえもずいぶん偉くなったな。」
 それを聞いた親方は表情を暖かくし、そう言い残して
片付けに行った。
 寝転びながら見送る。ここに来た時に見た親方の背中より、今の方がたくましいかな。
 もう心配いらねぇよ。お袋。

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