・たまにゃ背伸びも実を結ぶ その10・

 俺は入場料を払い、前と同じルートで歩き出した。あちこちにうちの生徒がいる。景色に感動したり、うんざりしたりと同級生の様子は様々だが、俺は煮え切らない気持ちで一杯になっていた。
 そうこう言ってるうちに大塚さんを見つけてしまった。
「何でこんな時に・・・・。」
 今日も写生をしている姿を見て、俺は色々な事を思い返した。
「・・・・・。この事を後悔にはしたくないな。」
 俺は大塚さんに声をかけに言った。

「何?」
 俺が声をかけると、大塚さんは手を止めてこっちを見てくれた。

「邪魔してごめんね。」
 俺は出来るだけ余裕を見せれるように努めた。
「いいよ。ちょっと休憩。」
 大塚さんはそれにも応えてくれた。
「絵、順調?」
 大塚さんが描いた絵がちらちら見えている。鉛筆で描いたんだろうか。
「ん〜。いろんな表情はあったかな。」
 大塚さんは見える範囲を見渡しそう言った。

「そうなんだ。」
 いまいち意味を汲み取れなかった俺は、会話を切ってしまった。
「・・・・・。」
 今の大塚さんの表情の意味も汲み取れない。

「あのさ。無理だったらいいんだけど。」
 
俺は唐突に切り出した。
「何?」
 
大塚さんをちょっとびっくりさせてしまったようだ。
「よかったら、京都で描いた絵を一枚・・・・・。俺にくれない?」
 
俺は大塚さんの目を見て言えなかった。
「だめよ。見せれる物を描けてないもの。」
 正直俺は盗み見てしまったが、大塚さんは今にも手元にあった画用紙を破きそうだった。
「いいんだ。大塚さんは納得できてないんだろうけど、俺には十分だと思う。」
 俺は今までに無い感情と緊張で、汗をかき始めた。
「・・・・・。」
 どこか
まずい空気が流れた。勝手に俺が感じただけだけど。
「ごめん。無茶だよね。やっぱりいいよ。ほんとごめんね。」
 
俺は肩を落とし、この場を去ろうとした。
「あ・・・・。謝らないで。あたしが変に・・・・・。もらってくれるの?」
 
大塚さんが下を向いたまま答えてくれた。俺は恥ずかしくて仕方ない。
「うん。これで家に帰る楽しみが増えるよ。」
 
俺は精一杯の笑顔で答えた。
「ありがとう。」
 
俺は大塚さんのこの表情が一番好きだ。


 帰る時間になった。大塚さんとの距離がぐっと縮まった京都に別れを告げ、バスに乗り込む。なんだかとても眠い。
「あ〜あ〜おわっちまったなぁ〜。」
 
阿藤が不満をさらけ出し始める。俺もほんとそんな気分だよ。
「後は受験か〜。おまえどうすんだっけ?」
 
帰りも隣の阿藤が聞いてくる。もう寝たいんだよ。俺は。
「俺は大学にはいかないよ。したいこともないけど。」
 俺には眠気とさっきの興奮が入り混じっている。阿藤に話そうか悩んだ。

「その話は今度ね。」
 
寝た。俺も寝よ。

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