・死と結束 その6・

「ふ〜・・・。」
 
熊取さんが一息ついた。体調はそこそこ戻ったようだ。
「いや〜もう俺も若くないな。」
 
熊取さんが照れながらこっちをみた。ちょっと臭うな。
「今おいくつでしたっけ?」
 
俺はあらかたの予想を立てつつ質問した。
「42だ。もうおっさんだよな。」
 
似たようなおっさんばかりに囲まれてる俺にとって対した問題でもなかった。その中の一人里村さんは知らぬ間に消えている。
「そういや、ここの現場の人と知り合ったのはなんでですか?」
 
俺は相手の体調を気遣わず、着々と質問を切り出した。
「ここの現場な、もっと昔は大きな現場だったんだ。それを取り仕切ってたじじぃがいてよ。達中はそのじじぃの弟子だったんだ。いくらなんでもあんな奴にいきなり現場持てるはずないよな。」
 まるで自分もその中の一人だと言わんばかりに話した。しかもなにやらちょっといらいらしている。
「へ〜。初耳ですね。」
 その事は既に知っていた俺だったが、酒に手をやろうとした熊取さんを抑えながら言った。

「それでな今おまえが寝泊りしてるところあるだろ?あそこにもっと立派な・・・といっても木造は変わりないけど、建物があったんだ。今の建物から裏の崖まで結構距離あるだろ?全部宿舎だったんだよ。」
 
確かに広いスペースはあるが、長い年月で建物があった形跡は消え去っていた。
「考えたこともなかったな。」
 
そう言うと熊取さんは続けた。
「だろうな。あいつになった途端この有様だ。必要ないものは全部切り捨てていく。あのじじぃの面影はあそこにある機械と、その側の納屋だけだ。」
 
酒が入ったためか、どこか親方に恨みがありそうな口ぶりで話し出した。かなり念は深そうだ。俺が尊敬しだした親方はこの人にとってとんでもないらしい。
「昔・・・なんかあったんですか?」
 
俺は恐る恐る聞いてみた。
「俺もここで働いてたことあんだよ。」
 熊取さんは怒りをためるように話し始めた。
「じじぃがあいつには甘くて、好き勝手やってたんだ。まぁ結果的に達中の勘を買ってたんだが。俺はそれが気に入らなくてしょっちゅう喧嘩してたんだよ。」
 怒りと懐かしさが入り混じる。そんな複雑な表情で熊取さんは続ける。
「そしてある時、事故がおきた。あいつがガサツにやったせいで、頭の上の岩盤が不安定になった。その後落石が起きて、達中を助けようとしたじじぃが変わりに足を怪我しちまったんだ。結局その怪我が原因で、じじぃは引退に追い込まれるハメになった。」
 熊取さんは、悔しさをにじませた。
「それから数日後、じじぃが入院した病院で後継者に達中が選ばれた。その事に異存は特に無かったんだが、こんな危険な奴とやってく気にはどうしてもなれなくて、今のカミさんと婚約も決まってたし、俺はここを去る事に決めたんだ。」
 熊取さんは最後はすっきりとした顔で締めくくった。
「あぁそうだ。今はあのバカが寝てやがるから喋ったが、この事は金輪際あいつに聞かないほうが良いぞ。多分誰にも止められなくなる。里村はよくやってるよ。」
 さらに熊取さんは
もう酔いもさめてる感じに喋った。確かに親方に聞かれていれば、熊殺し対その友人が勃発していたのかもしれない。今は安らかに酔い潰れている。
「肝に銘じておきます。」
 ひとたびの沈黙が流れた。

「・・・・・。」
 親方の寝顔を見て、熊取さんの
不満は今一度吹き出たみたいだ。あんなに楽しそうに飯作ってくれたり、喋ったりしてた姿が幻に見えた。この人にももうこれ以上聞けない。この話題でなければとってもいい人なんだ。
「すいません。俺、焼きそば食いたいっす。」
 
強引に話題を変え、元の熊取さんに戻そうとした。熊取さんは元に戻った。
「ちょっと待ってろ。」
 
もうだいぶ減った材料を器用に組み合わせて、熊取さんは焼きそばを作ってくれた。俺はとにかくかき込んでむせた。うまいんだ。
「おいおいゆっくりたべろよ。」
 
そういいながら熊取さんはさっきのペットボトルを俺に差し出した。
 
その後部屋に戻った俺は、ずっとほったらかしていた手紙をあけることにした。熊取さんは翌朝帰宅する手筈になり、今夜は事務所で寝ると言った。ちょっと心配だ。


 俺の部屋には昼間熊取さんに撮ってもらった、現場の男と母石の写真。今日のうちに何枚か現像してもらい今手元に3枚ある。届いた手紙がどんな内容であろうと、この写真を返信する封筒に同封して、あわよくばこの絵を大塚さんに描いてもらいたい。そんな気持ちで一杯だった。
 
人の親の死を押し付けられるみたいで嫌かもしれないが、ダメ元でお願いしてみようと封を切り、俺は三つ折りの便箋を元の姿に戻し目を通した。

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