・死と結束 その7・
「有村君。元気ですか?今考えるとあたしはあなたに自分の行き先教えてたけど、あなたが今何してるかもよくわからないんだよね。だから何書いたらいいかわからないので、あたしの今の住所だけ教えておきます。有村君が京都の朝言ってくれたことだけ覚えてるよ。」
最もな内容に、文頭から俺は頷いていた。何するか考えもなかったから当然だが、それでも手紙は届いている。
「よく出そうと思ってくれたな。」
とにかく返事を書こう。大塚さんのことだ。ひょいっと引っ越して音信不通になるって事もありうる。
俺は手を合わした後、写真を現像に行ったついでに便箋と封筒を買っていた。特に飾るつもりもなく、とてもシンプルな物だ。
「大塚さん。返事遅くなってごめん。今俺は、北海道で炭鉱夫やってます。暗闇の中だけど楽しいよ。ところででいきなりなんだけど、描いてもらいたい絵があるんだ。無理にとは言わないし、描いて貰えなくてもいい。ただ俺の今一番大事な写真送るからお願いできないかな。ほんとに暇な時でいいよ。」
こんな感じで大丈夫かな。手紙なんて書いた事もないし、相手が相手だから不安で不安で仕方ない。
「いいや、これで出そう。あ、切手忘れた。」
一番大事なものを・・・。熊取さんの店にあるのかな。とりあえず事務所に探しに行こう。
「やっぱり親方に聞いたほうがいいかな。」
電話使うだけならまだしも、勝手に探し回るのはまずいだろう。俺は親方の部屋に行くことにした。
トントン・・・
「だれだ?」
親方の声だ。あけてくれる様子はない。
「俺です。」
俺はドアを開けて親方を見た。
「おう。なんだ?」
親方は持っていたグラスをテーブルにおいて俺のほうを見た。
「あの、昨日手紙渡してくれたでしょ?その返事出そうと思ったんすけど、切手買うの忘れちゃって・・・。事務所にないですか?」
熊の剥製ってこれか。俺の視線はそこに集中していた。
「あ〜どうだろうな。俺は手紙なんか書かねーからあそこにはないと思うぞ?里村に聞いてみろ。」
今日の親方は面倒くさそうじゃない。
「そうですか。わかりました。聞いてみます。ありがとうございました。じゃあおやすみなさい。」
俺は親方の部屋を出て、里村さんの下へ向かおうとした。すると親方が俺を呼び止めた。
「これすげぇだろ。」
親方は得意気にそれだけ言うと布団に入った。すごさの実感はまだ感じ切れてないが、目が合わなくてよかったと思う。
「里村さん。」
ノックをしながら呼びかけた。
「ん?」
少しの間があいて、ドアを開けてくれた里村さんが立ちはだかった。
「あの、俺手紙の返事だそうかと思って、切手探してるんですけど持ってません?」
立ちはだかられると、中を覗きたくなる。
「あー、あるよ。俺は家族とやり取りしてるからな。」
俺と身長差がそんなにない里村さんは、特に隠す気も無く、照れた様子で自分の引き出しに手をやった。そうだった。うかつだった。少し考えればわかることだ。
「あ、すいません。80円一枚分けていただけると・・・。」
俺はこういうつもりだったが、一枚どころか20枚入りの薄いビニールごと既にもうくれていた。
「なっ。」
素敵な笑顔でそう言うと、ベットに横たわり本を読み始めた。
「里村さん。親方の部屋にある剥製・・・あ、いや・・・今お邪魔ですか?」
里村さんに少し不機嫌な様子が伺えた俺は少し物怖じした。仕事後の読書は里村さんの楽しみなのかもしれない。里村さんは本を読むのも辞めずこう言った。
「さぁな。」
俺はお礼を言ってさっさと部屋を出た。
自分の部屋に戻り、もらった切手を貼り付けた。後は出すだけだ。ベッドに腰掛け、かなり苦労して書いたあて先を眺めていた。ローマ字を並べるだけで、しかも大塚さんが丁寧に書いてくれたのを写すだけで、俺は数分費やしていた。
番地から書いていくのが外国らしい。これ届くのかな。不安だ。
「あ〜。俺もフランス行ってみたい。」
動機は置いといて俺は直接届けたい。そんな衝動にかられていた。