・変わり目 その7・

「なーんかあっけなかったっすね。」
 一列縦隊での
帰り道、まだ途中なのに涼しい顔で、濡れた髪をわしゃわしゃしている琴町さんがあっけらかんとしている。結局全員、温泉内であらかたの汚れを落としてしまっていた。
 のんびりとした口どりで大隈さんが続いた。
「温泉は快適。熊も出ない。ほんといい夜になったな。」
 
我先にと皆伸びで全てを表した。それが上手くいったのか、にこやかな琴町さんがこう言った。もう怯えることはなさそうだ。
「ほんといいお湯だった。ちょっと遠いけど。」
 
巧さんが頭に巻いていたタオルを取ってうなづく。
「後は冷えないように、側に小屋を建てるべきだなぁ。」
 
明日らへんに取り掛かる手はずに自然となった。
「というよりもう熊なんて冬眠しちゃってるんじゃないの?」
 
空気が和やかになった。
 そして静かすぎる山道をなだらかに下っている矢先。


 ガサッ・・・


 ・・・・・・・・・・・。


「は?」
 音ははるか後方でしたように聞こえた。心の中で皆どう思ったのかは知らないが、
だれも後ろはみない。
 
しかしそれからというもの物音はしなくなった。たまに吹く風で森がざわめくぐらいで・・・。
「なんだったんだ?」
 さっきよりは冷静さを欠いた大隈さんがつぶやく。
「とにかくさ、熊の冬眠時期調べようぜ!」
 しかしこの琴町さんの騒ぎっぷりでさっきのが熊で無いことがわかった。もしさっきのが熊だったら、この人のうるささで全員やられてんだろう。幾人かが、ほっと胸を撫で下ろした。そんな折、巧さんが物静かにさらっとこう言った。

「そういえば後ろから来ること想像してなかった。」
 この発言にびっくりする人物はもういなかった。が、琴町さんは、大隈さんの服の裾をひっぱって既に歩き出したがっている。もう今の発言は耳にも入らなかっただろうが、どうやら幼児化してしまったようだ。
 落ち着いたら俺は、ある疑問に興味がいっていた。
「大隈さん。あのさっきの話の中で聞きたいことあるんすけど。」
 先頭を歩く大隈さんに俺は質問した。
「なんだ?」
 琴町さんに対し、迷惑そうな大隈さんは、振り向かず答える。
「あの、ここに来たきっかけは行き倒れになった所を親方に助けられたって言ってましたけど、何があったんですか?」
 琴町さんが振り返って俺を見ている。今そんなことどうでもいいだろう。って思ってそうだな。
「あぁ・・・・。あれはさっきの話に関係なかったな。忘れてくれ。」
 言葉に覇気が無くなった。あまり詮索しない方がよさそうだ。だが気になる。
「大隈さん。あんな話ししといて自分だけだんまりなんてききませんよ。暗い話になるんだろうけど、今は俺たちの兄貴分ですから。立派な。」
 巧さんが間に入った。軽はずみな俺とは全く違っていた。
「わかった。話す。」
 大隈さんがそういい終わった頃、琴町さんは裾から手を放していた。
「俺は昔、自暴自棄になったことがあった。それでもう終わらせようと決めて、来た事が無かったこの辺りにきていたんだ。片道切符で金を使い果たし、餓死しそうな感覚でこの山を登っていた。その途中で力尽きたんだ。」
 想像を絶する話だ。今の大隈さんからは、全くと言っていい程つながらない。 
「気付くと、意識が朦朧とする中、俺は誰かに担がれていた。気付くと親方の肩に乗っかっていたんだ。その時かけてくれた言葉が・・・」
『くたばんじゃねぇぞ。くたばんじゃねぇ。生きてりゃ辛いことの方がどう転んだって多いんだ。だが負けちゃいけねぇ。諦めちゃいけねぇ。ここぞって時に力がでねぇなんぞ口達者の腰抜けだ。それで終わっちゃいけねぇ。』
「・・・って言われたんだ。それからどのくらい経ったのかはわからないが、首領二人の介抱で体力が戻った俺は、親方の生き様に打たれてここに就職したって訳だ。まぁそんな話だ。」
 一息つき、大隈さんは振り返ってにこやかに俺にこう言った。
「おまえも家飛び出してきたんだろ?電話してみろ。」
 話し終わる頃には、宿舎が見えてきていたが、巧さんと琴町さんは黙ったままだった。 


 
部屋に戻ってきた。
「今日の話しはいい話だったな。」
 帰ってきたら真っ先に体を洗おうと思っていたのに、ベットに寝そべり考え込んでしまった。
「めんどくさいめんどくさいってばかり言ってる事が、口達者の腰抜けになるって事なんだろうか。そうなんだろうな。結局自分で解決しないってことだもんな。」
 自分の言ってる事のレベルの低さに呆れそうになる。
「だんなにも真剣に考えろっていわれてるしなぁ。」
 今まで避けてばっかりきた事のツケが、今一気に襲い掛かってきたような気がした。対処しきれるわけが無い。
 ここに来て実家での日常のありがたみがわかってきた気がする。月並みではあるが、親のありがたみというものもぼーっとしながら浮かんできていた。夜遅いが事務所の電話を借りちょっと連絡してみることにした。
 
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