・変わり目 その6・

「・・ってことがあったんだ。」
 
大隈さんが誇らしげに語りつくした。
「まぁ昔からいろいろあったけどそういうことだ。今のおまえらからしても親方は無茶苦茶だろうし、疑問を持ちながら仕事をするのは何者にもよくないからな。」
 照れくさいのか、頭をポリポリかきながら大隈さんは誰とも目を合さない。
「おまえらを辞めさせたくない。有村はまだ数日だけど、大事な新入社員だ。ここに入ったのだって、あの人に憧れたわけじゃないだろ?だから里村さんと相談してさ。ここの存在を知ってもらって、さらに現場の本心をさらけだす。心身ともにすっきりしてもらおうと謀ったわけだ。こっちの勝手なタイミングで騙す様な形になっちまって悪かった。だが、無理にとは言わないが、わかってやってくれ。」

「・・・・・。」


 沈黙が、あたりを湯気でかき消す温泉に流れた。
「かたよっちゃいるけど、職人て奴だな。」
 
巧さんがつぶやいた。
「そうだったんですか。」
 
俺は辞めようとまでは思ってなかったけど、なんだか身近に感じられる話だな。もう、ひねくれる理由はなくなった。
「ここに来てよかった。」
 
巧さんは大きく息を吐き、そっと漏らすように言った。しかし
「く・熊は?」
 
え・えぇぇ・・・。確かに大事なことではあるけど。気もそぞろに聞いてたのか。
「あぁ。出るよ。」
 
大隈さんがさらっと答えた。
「じゃ、じゃ、火をすぐたけるようにしましょうよ!それかもうでません?」
 大隈さんの長めの話しにより出るには十分な心地にはなったが、
琴町さんが先程の話を見事に薄くし、他人の感情そっちのけであわてふためいた。
「親方が熊が出るからだめだって言ったのは本当だ。本当に気をつけたほうがいいらしい。だからみろ。」
 
かなり念を押す大隈さんが指差した先には、煉瓦でつくられた暖炉の様な物が見えた。4箇所にあり、全てにたいまつにする用の棒が数本おいてあった。
「で、大隈さん。親方や里村さんはここに入ってるときに熊に遭遇してしまった時ってあるんですか?」
 
俺はまさかと思いながら聞いてみた。
「あぁ・・・。どうなんだろうな。実際には・・・」
 
大隈さんが口ごもる。・・・先ほどよりは短い沈黙。脱衣所なんてものはないため、準備よく、もってきた茣蓙を思い思いの場所に置き、そこに自分の服を置いていた。その時巧さんが口を開いた。
「出たら出たでしょうがない。火の準備だけしとけば大丈夫でしょう。何より親方や里村さんが無事なんだ。これぐらい乗り切れなくてどうする。人間いざと言う時はどうにでもなるさ。」

巧さんが落ち着き払い、さらっと怖いことを言った。無茶苦茶だ。
「だけどだけど、親方や里村さんは裏技とか持ってるかもしれな・・・」
 
琴町さんは弱々しく喋りだしたが、巧さんと目が合った瞬間途中でやめた。諦めるなよ。
「ま、なんにせよもう入ってから30分近くは経ってますし、出ましょうか。」
 
のぼせそうな感覚より、早く無防備な状態から抜け出したかった。冷静さを心がけ、俺は湯から出て体を拭き始めた。

「さていくか。」
 
着替え終わった全員が、大隈さんの一言で動き出した。大隈さんの思惑通り、心身ともにすっきりと言いたかったが、残念ながらそうじゃない。
 
帰り道は大隈さんがしっかりと巻いた布を頼りに帰った・・・というよりは元より知っていた大隈さんが先頭を務め、難なく帰路につけていた。

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