・変わり目 その5・

 すると4人の目の前に湯気に隠れるようにして、大人5.6人・・いや、7.8人がゆったり入れそうなそこそこ広い温泉があらわれたのだった。


「これか・・。」
「おぉ・・。」
「すごい・・・。」
「・・・・・。」


  新人三人が口々に思い思いの感情を口にしていると、大隈さんだけが口を閉じていた。
「早速はいろう。」
 
かがり火を一つだけ作り4人素っ裸になって、薄暗い中、飛び込むようにはいっていった。だが巧さんはマイペース。
「あ゛ぁー」
 
ちょっと熱いけどあって良かった。
 しかし落ち着いた頃、体を流さず入ってしまったことに気付いたが、俺はさっくり受け流そうとしていた。そんな時に
大隈さんがゆっくりと口を開いた。
「実はな・・・。俺、この事知っていたんだ。」
「えぇ!?」
 知ってか知らずか、
巧さんは大隈さんに目線を送っただけだった。声を上げたのは琴町さんで、俺は半ばヤケになって坊主頭を温泉内で流していた。聞こえてはいたよ。
「親方の意向でな・・・。まぁちょっと聞いてくれ。」

大隈さんが遠い眼をしながら語りだした。


                   ********

 一年前、この現場は倒産寸前だった。若く有望かもしれない者達は現場に来ては離れ、既に三人しか残っていない。例え里村さんの心意気で少しもったとしても、満足な仕事などできるはずもない。一応会社なので、求人の方法はあるにはあったが、現状に輪をかけるようにだれもこなくなっていた。俺はもとより里村さんにも成す術がなくなり、親方の人格に諦めの気持ちを持ち始めていた。


「おいちょっといいか?」
 
そんな時、突然親方が里村さんと俺を自分の部屋へ呼び出した。俺たちは不思議に思ったが、親方は助走もなく淡々としゃべりだした。
「もしかしてよ。こんな状態になっちまったの・・俺のせいか?」
 俺も里村さんも口を開かなかった。毎日の過重労働と、現場の行く末の為にまいってしまっていたからだ。
「そうなのか。俺は勝手ばかりしてきちまったんだな。実際、今までの新人は俺が潰したようなもんだ。」
 親方は頭を抱えこんでいた。付き合いは短いが、こんな姿は初めて見る。
 今まで辞めてった者達は、捨て台詞を吐いて去っていったが、俺と里村さんは、こんな事になりながらも、親方を非難することはしなかった。親方は泣き出しそうまではいかなかったが、空気は次第に重くなる。
「どうすりゃいいんだ。」
 俺は行き倒れになってた所を親方に救われた恩があった。だからどんな状況だろうが、ついていくことは決めていた。解決論が自分なりにでたとしても、飲み込んでいた事は悔恨になった。
「・・・・・。」
 沈黙が辺りを包む。ゆっくりと里村さんが口を開いた。
「おまえは昔っから自分勝手で、団体行動など出来たことはなかった。おまえに光るものがあったって、しょうもないいざこざで潰れた事が多々あっただろう。」
 いつしか親方の目の前に立っていた里村さんは、穏やかな表情で静かに怒りをぶつけて行った。
「おまえを変える事は俺には出来ない。何年付き合ったって、自分勝手に意固地になってる限り、救いようがねぇよ。前にも同じような事があっただろう。」
 里村さんは、疲れ果てているはずの自分の体を気遣うことなく続けた。
「俺の知り合いに高校の先生をしてる奴がいるんだが、こないだそいつから電話があってな。任せたい人間が二人いると言って来た。」
 俺は事の成り行きを見守り続けた。
「そいつらをここに来させる。何十年もそんな性格じゃ、もう良くする事なんて諦めた方がいい。俺と大隈でそいつらをいっぱしにしてやるから、そんな姿みせてんじゃねぇよ。今までのことは俺の力不足だ。」
 里村さんは親方の身勝手さより、弱気な親方を見てるほうが辛そうだった。時代はどっちを求めているのか知らないが、人間味のある優しさなんて物より、人を生き様で引っ張っていける。そんな印象を見せる親方に対して、俺は好感を持っている。
「すまねぇ。」
 親方の謝りたい気持ちもわかるが、二人からすると空気を読めていない。だけど嬉しかった。
「親方、顔を上げてください。」
 頭から手をどけ、目が合わないまでも、親方は頭を上げた。しかし・・・
「これで安泰だな。」
 まだこういう親方の方が俺も里村さんも好きではあるのだが、どこか調子に乗ったかのようなこの一言に二人はイラッとした。あぁは言ったが、正直死に掛ける思いを何度かしていたのだ。
「ばっかじゃねーの。」
 言葉とは裏腹に、里村さんの表情はさらに穏やかになった。
「ったく。」
 俺は呆れたそぶりを見せ、ドアを開けた。
「・・・・・。」
 顔を見せようとしない親方に意地悪く覗き込んだ里村さんがいた。笑い声が響く事はなかったが、その後近づいてきた里村さんは俺の肩に手を置き、二人顔を見合わせてにやついたのだった。

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