・変わり目 その1・

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 親方
に用意してもらった部屋で、俺はゴロゴロを続けていた。 
 
汚れのない木の香りがほのかにする板張りに、わらを敷き詰めてある小屋だ。本当は社宅的なものがあるらしいがここは違う。田舎から出てきた人間にとって、こういった小屋は見慣れているし、別に前出した社宅のようにコンクリに固められた都会の一角的な部屋を望んでたわけではない。何より落ち着いている。


 とにかく何も無い部屋だ。
 
TV・ビデオ・パソコン何一つ無い。とてもアナログな部屋で、物欲の無い人間にとってはもってこいの環境だ。
 そんな部屋だからか、毎晩
天井を見上げる時間が増えていた。こんな部屋じゃなくても実家にいるときからしてたけど。
 
明日も朝は早い。個人的に使える時間は結構あるんだけど、外に出ても10数キロ先まで何も無いし、扉の先は仕事場しか見えない。
 
退屈だなぁ…。
 
この事が幸せな事なのかはわからないけど、なんだかすっきりはしてるんじゃないか?田舎にいたらあそこにあるようなインパクトとか気持ちの高ぶりなんてものは無い。全く無い。あのくもの糸にでも絡みつかれてるかのような倦怠感は無い。
 そんな初めてのほぼ一人暮らしを満喫していた時だった。


トントン…。


「ちょっといいか?」
 誰だ・・?
「はい。」


 ギィッ…。


「大隈さん。」
 
職場の先輩が遅めの時間に来た。夕食時に仕事の反動がでたかのように喋りまくってたのに。なんの用だ。手にはビニール袋。
「おう、有村。」
 
俺はちょっと息が切れた大隈さんを迎え入れた。なんで?
 ここに俺が来る時に置いてきた軽トラは使い放題のため、先輩方は仕事の後、夜な夜な町に下りたり、ちょっとした買出しに出たりすることが見受けられる。あの時、置いてけぼりにされた軽トラを救い出したのは紛れもない大隈さんだ。
「どうしたんですか?」
「ん?いやな、なんてことはないんだが。」
 
といいながらも言い終わる頃には俺の横に座っていた。ベット以外は硬く、キレイではない地面なので、ここしか座る所はないので仕方ないが、いらっとした俺のせいで部屋に変な沈黙が流れた。
「あの・・・どうですか。」

なかなか喋りだそうとしない大隈さんに痺れを切らし、その妙な沈黙を突き破るかのように、俺は的を得ない質問をした。俺は人がいる時のこの変な感じは大嫌いだから、我慢できなくなっていた。
「親方の事か?」
「あ・・・?」
 
嫌な状況だからって、慣れない事はするもんじゃないな。とにかく何か話しでもしなきゃと適当な事を、そして個人的には別にどこに繋がっていこうがいいような質問をしていた俺は、特に興味のない親方の話に繋がった事にあっけにとられた。
 そんな俺を気にもせず、俺が興味を持ったと思ったのか、にんまりとした大隈さんはいそいそと話し始めた。
「俺も入りたての頃はきつかったんだよ。ほんとに眼をかけてくれないからな。このままつるはしばっかり振ってていいものかとよく思ったもんだよ。俺がかけだしの頃は里村さんもさ、今ほど余裕が無いからそれこそ親方のやりたい放題でさ、俺は親方の後姿を見て技術盗むしかなかったんだ。だけどそんなきつい中でも俺も里村さんのようになれる。しいては親方のようになれるって勝手に納得してさ。そっからふっきれたように働き出したんだ。あんな親方でも仕事に妥協はないし、二人とも違いはあるがどこか惹きつけられる魅力があるんだよな。」
 
熱く語った大隈さんは遠い眼をした。俺を案じてくれてたのか・・?聞きながら少し耳を傾ける俺がいたが、特に心は動かなかった。
「そうだったんですか。レベル高いっすね。」
 
里村さんはわかるが、親方のようにもなりたいんだ。この人。と思いながら俺は適当な返事をした。納得した分もあったけど。
「別にかまえなくても適当でいいだろうよ。もうわかってんだろうが、邪魔さえしなければなんとかなるよ。少しも喋っちゃいけないのは未だに理解できないが。」
 
そう言いながら大隈さんは持ってきた酒に口をつけ、おまえも呑めとの合図が来た。
「いや俺はまだ・・。」
 まだ余裕の無い
俺は、言葉少なに全力で拒否した。
「あと2年が何だ。」
 
既に飲みはじめてしまっている先輩は早くも目が赤い。ここで酔いつぶれるのは勘弁してくれよ。

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