・ひとりよがり その6・

 飯の間、昔話を聞かせてもらった。
 
小さい頃からこの二人は、しょっちゅう自転車でどこかに姿を消していたらしく、県内はほとんど制圧した程だったらしい。
 そのおかげで自転車旅行になってしまった事もしばしばらしいけど、その貴重な体験で価値観は広がり、だんなの世界観はガラリと変わったそうだ。だが同じくのはずの達中さんは、誠に残念な結果になってしまった。 
 そんな
親方が未婚な事に関しては、案の定こもりきった性格が災いしてるんだろうと目を細めたが、仕事面は順調なためかもう口は出さないらしい。
 こんな見たまんまの人間も世の中にはいるんだなと俺はのんきにそう思っていた。


 ひとしきり飲み食いしたあと達中さんは、開かない目をして家に帰ると言い出した。まぁ外はとっぷりとだしね。
 いつかの威勢も垣間見えず、手が震えるほどに飲んでいる達中さんをほっとくわけにはいかず、同行することとなった。
 身長差のある人間にかかえられながら、足首に力の無いおっさんはだんなのトラックに乗り込んだ。もううるさいな。
 それを見届けただんなの表情は、曇ってんだか晴れてんだかよくわからない。
「さてと。問題はあいつの軽トラだな。」
 
だんなが先程までの空気を忘れさせるくらいのため息をついた。
「大丈夫だっていってんだろうが。」
 
寝言の割にははっきりしている。達中さんは体に沿うように落ち着いてた腕を振り上げ答えた。
「馬鹿野郎が。久しぶりに手が震えるまで飲む奴みたよ。」
 だんなの一括が辺りに響く。確かに忠告もしてたしな。それよりおっさんは・・。あぁ
起きてるってことでいいのね。
「あぁそういえばこの小僧はどうなんだ。」
 子供のように座席にほっぺを押し付け、達中さんはにらむ様に言ってきた。
「あぁそうだな。おまえ免許ぐらい持ってるよな。」
 
ずっと車に乗っていたのにそんな話しにはなっていなかった。
「いえ、もってません。ATも。」
 なんだか刺さる。俺は顔を上げられなかった。
「なんだこの役立たずは。お前香川からきたんだろうが。あんなところで免許なかったら動きよう無いだろう!」
 
酔っ払いに尻上がりにすごまれた。お互いの田舎は同じような所らしいから、言われようには動じない。だけど高いところから罵って来ているおっさんに言い返したくもなった。でもまぁ状況が状況なだけにいってもしょうがねぇよなぁ。
 はぁ・・。バイト先に案内あったし、あの暇な時間を費やせばよかったと今になってひどく後悔した。
 
仕方ないので軽トラは置いていくことにし、友実のだんなのトラックで運転席から、おっさん、赤いおっさん、役立たずと座る。窓をあけていたのにもかかわらず酒臭さは尋常ではなかった。
 
 夜通し走り、
やっとのことで達中さんの現場に着いた。達中さんの仕事というのは炭鉱夫。未知の世界だな。
 聞くと見るとじゃ大違いだな。ものすごい壮大だ。田舎の風景に見慣れていたはずだったが、威圧感がある。俺は珍しく興味を持ち始めていた。
 
俺はここまでのような、だんなと道中色々な話しをしながら・・。いや聞きながら高速道路を走り、基本的にはのんびりとしているのが性にはあっているんだろう。だがひょんな事でだんなに拾ってもらい、何かしらの実感が湧きだしてきているのはいいが、実家にいた時のようなだらだらした生活に自分の性格上まず戻りそうな予感がしていた。だんなのおかげで、自分の他力本願さにほんのちょっと愛想をつかしてきていたからだ。まぁ友実のだんなについていればそんな性格も直りそうではあったが・・・。
 達中という人間にはこれっぽっちも興味は無いのだが、とにかく俺はここで働きたい。そんな衝動にかられていた。
「あの・・・達中さん。」
 道中の睡眠で少し回復した達中さんが顔を上げる。
「俺、ここで働きたいです。」
 役立たずとののしっていた時の表情とは違っていた。
「らしいぞ。」
 達中さんはめんどくさそうに友実のだんなの顔を見た。
「なんで俺に振るんだよ。」
 だんなは一瞬、俺の言葉にあっけに取られているようにみえた。しかし持ち直そうとしたのか、照れくさそうに笑った。
「すいません。友実さん。」
 持つべきところの真剣さを教えてくれただんなに、申し訳ないとは思う。もう家を出た時の勢いは俺の中から消え去っているが、この気持ちはなんだ。
「いいんじゃないか?達中。」
 気のせいなんだと思うが、心なしかだんなをとりまく雰囲気が、力ないように感じた。
「しらねぇよ。」
 達中さんはそう言うと、建物らしき物の方に歩き出した。そして振り向かず俺に合図を送る。
「勝手言ってごめんなさい。お世話になりました。」
 だんなに会わなきゃ、素直に出なかった挨拶だろう。
「行って来い。」
 だんなはそう言い放つと、暗闇の中に排気ガスを撒き散らしながら消えていく。俺はそれを見届け、手を振った。


                   ←back Θindex next⇒
                                             Ξ.home