・ひとりよがり その5・

「そうか。おまえヒゲ伸ばしてんだな。もみあげとあごの所。」
 自己紹介が済むと、だんなは俺のどこに興味を持ったのか、あってばかりとは思えない話し方で接してくれた。言い換えれば馴れ馴れしいという事になるんだろうけど、不思議と嫌な気はしなかった。
「それはそうと、おまえ何かしらの計画でもあったんじゃねーのか?勝手に手伝うっつってもう乗っけちまってるけど、希望あれば言えよ?」
 だんなの優しさは仇となった。当然といえば当然だけど、ほんと何も無い。
「あぁその・・。マジであてもないんです。だからラッキーつーか。」
 今思えば、四国を出ることも危うかった。今やとうに本州なのに。 
「そうかそうか。俺が声かけてなかったら、今頃どうしてんだろうな。」
 だんなは俺の軽薄さに、少しショックを受けたようだ。


 そして何日かが経った頃、青森の北方にある港に近づいた。
 
ふと入った飯屋の奥の一角でテーブルに一人、酒を飲むおっさんがいた。奥は満席だったのにずんずん近づいていく友実のだんな。何をするのかと思いきやおもむろに正面に立ち、勝手にそのおっさんのおちょこに酒を注いだ。ゆっくりと顔を上げるおっさん。俺は状況を把握できず、あぁ知り合いなんだろうなと思ったちょうどぐらいだった。
「おまえは変わってなさそうだな。達中よ。」
 
にんまりとした顔で友実のだんなはそのおっさんの顔を覗き込んだ。もう既に向かいに座っている。
「うるさいな。おまえも飲むか?」
 
そのおっさんがあごで向かいの席に座るよう言い放った。
「あぁ、その前にちょっといいか。」
 
俺が呼ばれた。
「こいつは有村ってんだ。この恵まれたご時世にあても無く放浪してやがる珍しい奴で、今は俺の助手をやってもらっている。」
 だんなは俺のバカさ加減をふせた。言うのも恥ずかしいのだろう。
「どうも。」
 俺はおっさんの
眼も見ず挨拶した。なかなか慣れにくそうなおっさんだ。
「随分若いな。」
 
それだけだった。まぁ俺は喋るの苦手だからありがたいぐらいなんだけど。
「おまえ何できてんだ?」
 
友実のだんなが酒を達中さんから遠ざけながら聞いた。しかしなかなか手放させるのに手間取っていた。
「軽トラだ。」
 
むすっとした達中さんが答える。どこ見てんだ。
「やっぱりか。飲んだらだめじゃねーか。」
 
遠ざけてももうかなり遅いが、無関係に達中さんは酒を取り返しながら答えた。
「誰が捕まるかよ。帰り道に警察なんていねぇ。わかってんだ。」
 
達中さんは酒を取り返し、満タンになったおちょこを口につけながら不満そうな顔で言った。
「だからってよ。・・・もう、しょーがねぇな。」
 
友実のだんなは肩から息を吐くようにもらした。根拠のない自信をちらつかせた旧友に呆れ果てた様子。
「それよりよ。どれぐらいぶりだ?もう久方あってないだろう。」
 
呆れ果てていたはずのだんなが何もなかったかのように達中さんに話しかけた。一瞬で空気が和む。
「あぁそうだな。もう40を超えたか。」
 
ぱっと見はただの酔っ払い親父。しかし今だけはなぜか目に力が宿った。

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