・空回り その4・

「なんとかなったみたいだな。」
 
里村さんが一点集中を怠らず口を動かした。
「あぁ。これで俺の軌道に乗れたらいいがな。これであいつらのバランスもよくなった。今の所、巧・琴町との差はでかいが、あいつが近づくのは時間の問題だろうよ。俺に志願してきた時からわかりやすかったしよ。何にも考えてなさそうなバカで。まぁ、ここまで予想通りな奴だとは思わなかったけどな。」
 
親方が念願でもかないそうな顔をし続けている。
「有村・・・俺らに言われるより響いただろうな。というか、バカさ加減はおまえといい勝負だろ。達中よ。その時ベロベロだったおまえにそこまでわかってたとはとてもおもえねぇ。」
 
ここに来た当初から親方に振り回されてきた里村さんが、ここぞとばかりに攻撃する。
「あいつよりは利口だろうが。俺は。」
 
親方にとっては心外だった。
「どうだか・・・。」
 
俺が無言で答えたすぐ後、
「本当に苦労かけたな。」
 
と親方が業務中にしおらしくなった。
「うるさいよ。そんなもんじゃすまねーよ。」
 
里村さんが一括する。
「・・・・・。」
 
一気に親方の背中に寂しさが渦巻いた時、それを感じた里村さんが口を開く。
「おまえのそんな言葉なんかもう要らないんだよ。むずがゆくなるし、わかってんだろうが。」
「ほんとにもう。不器用もここまできたら作品ですよ。」
 
意地の悪い部下を持ち、親方は不覚にも汗交じりに涙を流した。見逃さなかった俺たちにばれた後、汗が沁みたなんて言い逃れようとしたが相手にされない。そんな時、
「あれ?なんかあったんすか?」
 
琴町がすっとんきょうな顔で戻ってきた。
「な・なんだ!おまえ!炭車はどうした!?」
 
親方が暗闇の中、こちらに顔を見せないようにして、あわてふためいている。滑稽だ。
「いや、あげてる途中で車輪の油切れかかってたんで、とりにきたんす。」
 
琴町は自分のした事からこうなっている事を知る由も無く、あっけらかんと普通に答えた。
「そうかそうか。ご苦労さん。んじゃこれ。」
 
里村さんが親方の方を覗きながら琴町に手渡した。
「どうも。ところで親方が持ち場はなれてるなんて珍しいですね。」
 
琴町は親方の気持ちを汲むことなく、さらっと言った。
「さっさと戻れ!!」
 親方は声を荒げるしかできなくなっている。
「いつもなら坑口に近いあの納屋に油は置いてあるのに。なんで今日に限って・・・。」
 琴町は小声でそう言った後、ただならぬさっきを感じたのか、とりあえずその場を離れた。
 
里村さんと大隈は声を殺して笑っていた。もう親方にしたら仕事どころではないだろう。
「何かがおかしい。」
 
親方が自分の疑問を口走ったが、だれも返事はしない。間髪いれず、里村さんが口を開いた。
「先々の不安がなくなってよかったなあ。なぁ大隈。」
 
わざとらしく会話はスタートされた。
「まったくですね。親方もだいぶ崩れかけてきてますし。」
 
俺はほくそえんでいた。
「このメンバーならこの現場は安泰だ。」
 
里村さんが続ける。しかし、一番ほくそえんでいるのはこの人だろう。
「いやぁ楽しみですねぇ〜。」
 
俺は合図を通した。
「なんだ?おまえら、さっきから。」
 
一息ついた里村さんが親方に近づいた。
「さんざん遠回りしたけど、そろそろおまえも笑いあってもいい頃だろ。あいつらは答えてくれるぞ?」
 
里村さんが親方と現場を想い、計画していた事が今実行に移された。自然には無理だと感じていたが、若い力を使って親方の人嫌いを治そうとしていたのである。親方には迷惑な話で、案の定親方は何を言われたのか分からないような顔をした後、懸命に我を取り戻し答えた。
「何わけのわかんねぇ事言ってんだ。おまえが一番分かってんだろ。」
 
親方は先程からずいぶん仕事が中断されてる中、もうそんな事に怒ることもせず真っ直ぐに里村さんを見て答えた。
「あぁわかってるよ。おまえの背中一番見てるのは俺だし、おまえは素直じゃないからな。はっきりいってやる。寂しいなら寂しいって言え。」
 
里村さんが親方を案じるように冗談を抜いた。
「馬鹿な事を。」
 
そうつっぱねると親方はつるはしを拾い、振るいながら再度、自分の殻に閉じこもっていった。

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