・空回り その3・

 
炭車から全てを下ろし終えて、立抗のスイッチを押した。いつもとは違い坑内へ戻り始める炭車を見送ってから、3人は元の場所に戻り始める。その最中巧さんが話しかけてきた。
「なんですか?」
 
頂上についた際、さらに俺は作業を疲れのせいにして、誰から見ても手を抜いていた。しかしそれを気負いもせず表情を変えず返事した。
「おまえサボるって意味わかってんのか?」
 巧さんは急に立ち止まり、俺に対してすごんだ。
「え?」
 俺は空気の変化にやっと気付き、言葉が出なかった。
「これを見ろ。」

巧さんは琴町さんの右足を指差した。俺は自分のライトで指差されたところを照らした。そこには血がにじんでいる。
「おまえが何回も石落っことして、それにつまずいてこうなってんだよ。それに気が付いてたか?3人でやってるなんてのは馬鹿でもわかることだ。まだ最初だからってその甘ったるい考えでおれらと同じ現場に立つなっていってんだ!」
 
俺は怒られるなんて思ってもいなかった。言われたとおりやれていたはず。そんな俺の態度が巧さんの逆鱗に触れた。
「いいか?ここは一つのミスで人の命なんか簡単に奪える職場だ。この業務をし始めても気付かないのか?今回はこの程度で済んだって話にはならねぇぞ。」
 
俺は未だ表情を変えずにいた。それに対しての怒りは見せず、巧さんの静かな怒号は続く。
「まだ幸い、この現場では今まで人が死ぬなんてことはないらしい。確かに親方は手取り足取りおしえてくんねーし、何考えてんだかわかんねー人だよ。だけどな、生死に疎い人間が現場の長なんて務まるわけねーだろーが。おまえの中で親方はどんな存在なんだ!言ってみろ!!」
 巧さんの左手が俺の胸倉を掴んでいる。首が絞まりそうなほどに力が加わっていった。
「おまえ俺らがこの運搬作業で、何回か言ってきたことに返事してたよな?生返事だったのか?」
 最後は呆れたように言い放った。
巧さんの荒げた声を初めて聞いた後、琴町さんが続けた。
「命の危険て物に接する人間なんて、普通これっぽっちもいない。当然の事だが、遊びでやってんじゃねーんだよ。仕事だからって言い方すんのは俺は好きじゃない。だけどな、巧も言うように生半可な気持ちでやってたんじゃ、何の為にもならないし意味がねーんだよ。」
 怪我した事に関して文句は言われなかった。そんなことより最初は穏やかだったが、琴町さんの怒りはふつふつと湧き上がり、俺に対して吐き出されていった。
「もし学生気分でやってんだったらそんな物はもう捨てろ!それとおまえが出来る以上の事をみんなが望んでるんだと思ってんだったらここやめて里に帰れ。くそったれ!」


「俺、ただの口達者の腰抜け野郎になっちまった。親方にあわす顔ねぇよ・・・。」
 沈黙の中、気付くと口をついていた。直接言われたわけではなかったのに、印象に残ったあの言葉が、今になってものすごく体の内側に刺さりだした。
「どっかで昔のだらけた生活のせいにしちゃってたのかな・・・。」

 今思えば、気付くチャンスはいくらでもあった。それを避けてきたのは俺自身だ。思い出された記憶が順々に浮かんで来、自分の本当のバカさ加減を知った。もうこんな後悔はしたくない。
 そうしてぐぅの音も出ない俺の姿を見て、巧さんは何も言わず暗がりに消えていったが、琴町さんは続けた。

「顔上げろよ。泣きそうになってんのか?泣くようなことじゃねぇだろ。ま、今まで気付かなかったおまえの気持ちもわかるけど、ここは戦場だよ。仮に全て習得できてもな。わかったら常に最悪の情景を思い浮かべとけ。そうならないように全力を尽くすんだ。一人で・・・じゃなくてな。言っとくが、俺の言葉じゃねーぞ。」
 琴町さんは
笑いながら俺を諭し、巧さんの後を追った。早く追いつかなきゃ・・・もう置いてかれている。
 
親方達のいる所まで戻ってきた。かなり時間が経ってしまっている。
 当然の事だが、地下にいた三人は先程の俺のいきりっぷりが在ったことも、知る由もなく職務を真っ当している。いや、もう全部ばれてて、あえて言わないだけなのかもしれない。
「何ちんたらやってんだ。次の準備はもう終わってるぞ。」
 
戻ってきてから、親方がこちらも見ずにいらいら感を募らせた。ふと見ると巧さんと琴町さんは顔色一つ変えず、すでに炭車に石を放り込んでいる。俺は既に流れている汗を増やし無我夢中にスコップですくった。
「いきますか。」
 
琴町さんが合図を出す。
「・・・・・」
 
俺は返事をしなかった。
「うし。」
 
二人は先ほどの絡み等感じさせず、自然な空気を流した。打ちのめされた俺にはありがたいと思わせてもらえる状況だったが、あぁ言われて未だいじけてる時点でもうだめだな。俺は。

  
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