・空回り その1・

 翌朝。いつも通り仕事が始まった。
「ちゅーす。」
 
親方以外が挨拶をした。
「ぅす。」
 朝一から親方の口が開いた。それぞれの感情を胸に留め、それぞれ道具を持ち坑内に消えていった。

 ちなみに現場に必要なものは全て坑口のそばにある簡易の納屋に保管されている。そして俺も特に意識したわけではないが、足早に向かった。
 
いつも通り暗い坑内。今は先行した人のライトによってまばらな光が安心感を与えてくれるが、それでもどこか不気味に風が切れる音がしたりで、酷く薄気味悪い印象はいなめない。
 
そしてまた、奥にライトがあたってないと、それこそこうもりが向かってきたり、吸い込まれそうな感覚に陥れられる。
 作業中、そんな暗闇に寂しさを感じて誰かに頼りたくなっても、体を流れる汗が押しとどめる。ひどい湿気と暑さの中で俺はにやけている。


「おっしゃ押してってくれ!」
 
今日は誰がやるんだろう。
「有村!巧!琴町!おまえらで押して帰って来い!今日は全ておまえらに任せる!」
 
親方の怒号が響いた。もう、一度やってはいるから不安は薄れてきてるけれども、まだ余裕で完璧ではない。今日は始まる時に新人の名前は出なかったのにな。
 位置取りを3人で決めることになった。前は俺が後ろであって、正直後ろがいいなぁと思いつつも有無を言わさず横にされた。

「準備はいいかぁ!?」
 今回
は後ろの琴町さんが声を上げる。
「いつでもいいですよ!」
 俺ははりきっていた。
「有村!カーブの際の注意だが、カーブに入った時に左のカーブなら函(※1)の左にいる奴は左手で支えながら、右手で曲がるようにぎれ(※2)!右にいる奴はその逆だ。そして右カーブはその逆の要領だ。それとサイドがサボると後ろの奴に振動の負担がかかる。直線はできるだけ支えろ。わかったか?」
 出発前、
巧さんの説明が飛ぶ。
「きつくなったらすぐ言えよ。」
 琴町さんがストレッチをしながら俺の肩を叩いた。


 ガラ・・・ガラガラガラ・・・・・


 巧さんが立抗のスイッチを押し、ゆっくりと炭車は動き出した。最初は思ったより楽だなと思っていた矢先に最初のカーブがやってきた。
「よしきたぞ!気合入れてけ!」
 
見た目よりかなり体に負担のかかるこの作業に巧さんの激が飛ぶ。
「ふんぬぬぬぬぬ・・ぎぎぎぃ〜」
 
一生懸命やってるつもりなのに変な声がでていた。もちろん俺からだ。
 最初のカーブは右カーブだ。左側にいる俺は巧さんの忠告どおり左手に力を入れ、右手は縁をひっぱるように炭車を押していった。



※1 函・・・炭車の事
※2 ぎる・・・炭車が脱線しないように曲がる方へ支えてやる時の用語



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