・感情の差 その8・

「仕・仕留めた?」
 
俺は複雑な気持ちで独り言をもらした。
「た・達中??」
 
目の前に起こってる事を理解するのに時間が必要だった。達中は熊の口から引き抜く際、血みどろになったと思われる右腕に布を巻いたかと思うと、何を思ったのかこちらに向かって熊を引きずり出した。持って帰ろうとでもしているのか!?俺の予想に反してる事を望みながら達中に聞いた。
「おまえそれ・・どうすんの?」
 
達中は左手のみで怪我した右手をかばうように熊を引きずりながら答えた。牙と牙の間を掴みながら・・・。
「俺のだろ?」
 
もう会話は必要なく、俺は達中を手伝った。もう達中の興味は熊にいっているが、俺の興味は達中にいっていた。

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「てことがあったんだ。」
 
親方に覚悟みたいな感情はあるのだろうか。いくら邪魔されたとか興味をそがれたとかでそこまでできないだろう。
「あの人超人ですか?」
「うん。底知れない。」
 
俺は精一杯冗談で言ったつもりだったが、里村さんはマジだった。
「・・・ちょっと怖いですよね。」
「頼もしいともいえるけどな。」
 
もう元の落ち着きを取り戻している里村さんが言った。やっぱ麻痺というか慣れちゃったんだ。あの人に。
「その熊は今・・・」
 
俺はたまらず聞いた。
「あぁ。業者に剥製にしてもらって、あいつの部屋のじゅうたんみたいになってるよ。その頃は長年連れ添った仲間がいて、そんな事する余裕があったんだよなぁ。」
 里村さんは決して羨ましそうではなかったが、どこか誇らしげだった。
「じゃあドア開けたら顔がこっち向いてんすか?」
 今まで入ることもなかったが、これからも入ることはないだろう。
「部屋の奥に向いてるよ。朝起きてそれが目に入ると気合が入るんだってよ。」
 二人して納得した。
「ま、そんなことよりほんと軌道に乗ってよかったよ。」
 里村さんが話しを変えた。なんだか助かった。
「仲間って結構いたんですか?」
 そのときの状況を全く想像できず、俺は里村さんに質問した。
「全員で5人だな。大隈はまだそのときいなかったんだが、そのうちの一人が熊取だ。」
 懐かしそうな目で里村さんは言い終えた。
「熊取さんて昔ここにいたんですか!」
 少々びっくりしたが、一連の不仲が頭をよぎる。
「あぁ。あいつは家庭が出来た時にここを辞めたんだ。家はすぐ近いから通えるんだけどな。他の二人も同じ理由なんだけど、実際気心は知れてるし、俺より達中との付き合い長いから辞める時大変だったんだよ。」
 里村さんは先を越されたんだろうか。言葉は飲み込んだ。
「だから仲悪いんですね。」
 そろそろ宿舎につきそうな所まで来て詳しい話は聞けなかった。
「俺はもういいだろと思うんだけどな。」
 里村さんは最後にこう言い残し部屋へと戻った。どんないざこざがあったんだろう。
 
 リフレッシュしたはずなのにどっと疲れた。もう寝てしまおうかと思ったが、頭はさえている。親方のせいだ。連日ってのもどうかと思うが、実家に電話してみるか。また遅い時間だが、お袋が出るかもしれない。

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