・感情の差 その7・

「すいません。ちょっと質問してもいいですか?」
「もちろんだ。」
 
里村さんの余裕は変わらない。
「熊仕留めたって親方はどうやって・・・」
 
里村さんの余裕の理由も聞き取れれば最高だ。
「大口開けてきたんだよ・・・」
 
里村さんは少し、その時の恐怖をにじませながら話し始めた。

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「おいそんなものどうするんだ?」
「火があれば何かと便利だろ?ずっとつかっていきたいからさ。ここの温泉は。」
 5年前の
もうだいぶ寒くなってきていた頃、俺と達中が夜食用の食材を山中で探してる最中にここを見つけた。それまで汚い姿で軽トラに乗って銭湯に通っていたが、距離にうんざりしていた。そして迷いも無く勝手に自分達の物にして、少しでも入りやすくするための準備をしている真っ最中だった。
 
達中がほとんど気合のみで運んできたレンガでかまどを作っている間、俺は周りを整える。仕事に疲れながらも先の幸せへと手足を動かしていたその時だった。


 ガサッ・・・


「なんだ・・・?」
 
達中の位置では聞こえなかったのか。俺の目の先には2mを超えるであろう、熊がすぐそこまで来ていた。
「・・おい・・・おい!」
 
俺は目で達中を呼んでるつもりだったが伝わるはずもなく、興味本位だけなのか熊はじわじわ近づいてきた。それでもまだ俺の所まで20mはある。敵うはずもないし達中に知らせなければ・・・。
 じりじりと後ずさりしつつ達中がいるとこへ向かった。人間てのは不思議なもので、こんな時は五感が研ぎ澄まされるのだろうか、ほとんど見れてもないのにもう届くところまで来ていた。
「おい!おい!達中!!」
 俺は手で達中の腰のあたりを叩いて呼んだ。しかしこれが後々功はそうしたのだが、結局達中の暴走を生むことになったのだ。
「なんだよ!!」
 急な
でかい声に興奮したのか、熊が雄たけびを上げた。俺が死を覚悟した瞬間、達中に動きがあった。
「あれが邪魔してんのか。」
 
そう言うと達中は、肩をすくみあがらせ、ぐんぐん熊に向かっていった。
 
俺があっけにとられてる中、熊は立ち上がる様子はなく、ただ達中を迎え入れるようにただただその場に重心を落とした。達中はどんどん進むと足元のそこそこ大きめの石に気付いた。どうやら真っ向勝負はしないようだ。
 
俺がどこか少しだけほっとした瞬間、達中は石を拾ったかと思うと、一心に熊に突進した。熊も自分に対する攻撃に反応したのだろう。身を立て実に3mはあろうかという大きさで達中を威嚇した。
 だが
全く達中には通用せず、そのまま達中は持っていた石を熊に目がけ投げつけた。それが見事熊の右目と鼻の間程に命中し、悲鳴のような声を上げその場に仰向けに倒れこんだ。


「グガァゴゥ・・・・・グガァァァァァァァァ!!!」


「こんなもんか。熊は。」
 
俺は冷静にも苦しんでいる熊を見てそう思い、この隙に俺は逃げるもんだと思った。
 必死に達中を呼んだつもりだったが、達中はこれだけでは終わらなかった。
 仰向けで寄ることなんて出来ないほどに暴れている熊のすぐ側に立った達中は、ここからははっきりみえなかったが、一瞬の隙を狙い、熊が苦しさのあまり開けている大口にむけて拳を叩き込んだように見えた。その後一時の静寂が辺りを包みゆっくりと達中が立ち上がる。

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