・感情の差 その5・

「あぁ。息子と娘一人ずつ。もう上は今年高校だったかな?」
 
里村さんは恥ずかしそうな表情で言った。
「だいぶおっきいんですね。もうずいぶん会ってないんですか?」
 今まで家庭のことは一切話さなかった里村さんだったが、話しをしだすと途端に少し表情が暗くなった。
「おまえが来る前に帰省してきたよ。でも物心つく頃からほったらかしだし、仕事にかまけて父親らしいことなんてしてやれてないしな。ま、どう思われても構わないよ。」
 
里村さんは大笑いしながら言った。仕事に対する誇りと自分に自信があるからこそなんだろうか。俺はこんな父親だったらと少し脳裏をかすめたが、自分の父親になってしまったら、多分今の親父と同じ対応をしているんだろうな。
「ところでおまえは?ご両親元気なのか?」
 
自分の話しはそこそこにして里村さんは俺に質問を投げかけてきた。どうやら少し心配性のようだ。
「こないだ電話したら、父親とは喋れたんですけど母親とは喋れませんでした。でも元気そうですよ。」
 
俺はそのまま答えた。
「そうか。半ば強引に家を出たっていってたよなぁ。本心では心配していても見送れるってすごいことだ。いいご両親なんじゃないか?」
 家の玄関まで出てくるようなことはしてこなかったが、確かに遠まわしに反対された記憶はある。
「まぁ母は・・・。でもうちの父親に限ってそんなことはないですよ。」
 俺の父親に対する印象はこれで間違いない。
「やっぱそうだよなぁ。自分の父親ってなんか照れくさいんだよな。俺も未だにあるよ。そゆこと。」
 
見透かされた。でも俺と里村さんの感覚は絶対に違うはずだ。
「そっすね。」
 俺は親父に対して持っている感情に自信が無くなってきた。
「そろそろかな。」
 
上手い具合にこないだと同じ、硫黄の匂いとともに温泉が現れた。俺は親父の話しが終わったことにほっとした。
「したら早速入りましょうか。」
 すっかり小屋を作り忘れていたため、前回同様に茣蓙を用意して、そこに
脱衣しさっさと入った。
「里村さんがここに来た時ってどんな感じだったんですか?」
 俺はすっかりお湯に慣れ、いい感じにゆれる湯気を見ながら質問した。
「あんま話したくないな。」
 
里村さんは頭をかきながらしぶっている。珍しい光景だ。親方のせいで業務中しぶれないからかもしれないが。
「おまえらに偉そうなこと言ってるけど、昔はたいしたこと無かったんだよ。ほんとに巧や琴町の方が優れてると言い換えたほうがいいな。」
 
少しの間の後、里村さんは本当に嫌そうに喋りだした。
「俺には比べられませんけど・・・。謙遜じゃないんですか?」
 俺はなんだかんだ言ってもすごい人だと思っている。
「いやもうそういう次元じゃなくて、本当に才能が無いのかダメダメだったんだ。達中によく拾われたもんだなと思うよ。高校の時も実地の成績なんて下の下だったし、あいつの印象に残ってないはずだったんだけどな。そんな俺でも達中にもまれるだけでここまでこれたんだもんなぁ。もしかしたら理論から入ったというか、重視したから飲み込みが遅かったのかもしれない。この仕事は体本位だから動かないことにはどうにもならないだろ?そうやってるうちに、それが功を奏したのかもしれないな。」
 
触れなければ良かったと思うほど、里村さんはきつそうだった。口は笑ってるけど、さっきから目が合わない。
「なるほど。じゃあなんで今の面倒見が良くて仕事もこなせる人って印象になったんすかね?元々の優しさにそんな親方見てたからかな。多分全員そう思ってますよ。」
 第一印象から俺にでもわかる、人の良さがにじみ出てたんだから。
「まぁ感謝してるよ。」
 
里村さんは照れ隠しにか、タオルで顔を隠した。

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