・感情の差 その4・


 コンコン・・。

「開いてるぞ。」
「あ、俺です。」
 時間の経過は俺にはわからなかったが、
自分の部屋に戻り布団というか床というかとにかく倒れこんだ俺は、なんとか水も飲めて平常に戻ったので風呂に行く支度をして、里村さんの部屋に向かった。
 従業員の部屋はほぼ固まっているためすぐにいける。全て木で作られた長屋のような形だ。部屋数は6つあるのだが、5つが先輩方の部屋で一つが事務所になっている。そして隣接された小屋のような場所に俺がいる。


 ギィッ・・。

「おう。もう大丈夫か?」
 
俺は仕事中以外は里村さんに関して、にこやかな顔しか見たことない。
「はい。ご心配かけまして・・・。」
 
俺の顔から何から、残念なことに未だ麻痺したままだった。
「そんな気を使うな。なんだか俺も入りたての頃を思い出したよ。」
 俺は何とか笑って見せた。


「有村。おまえかなりはしょれば達中に会ってここに来たんだったよな。実は俺もそうなんだ。ちょっと喋っていいか?」
 温泉までの山道。軽い足取りの里村さんが、何の前触れも無く唐突に話し始めた。
「え?は・はい。」
 
一番聞いてみたいことではあったのだが、少し面食らってしまった。
「俺と達中はな、同い年なんだ。高校の土木科で初めて知り合って、最初はあいつがあんな性格だから一緒に何かをするなんて考えもしなかった。今と変わってなくて、成績は上位なんだが協調性はやはり無かった。だから遠目で見てて一緒にやってる奴は大変だなぁと思ったもんだよ。」
 
すごく懐かしそうに笑い、里村さんは続けた。
「それでな、ある日新しい課題になったときにあいつと一緒になったんだよ。その時自分で選んだ道だったのに、俺はやる気がなくなってたんだ。しかもあいつは案の定、好き勝手やっていやがるから輪をかけそうになってな。奴のひん曲がったひたむきさのせいで、授業中馴れ合うことも無かった。」 
 誰が聞いても多分、里村さんは間違っていないと思う俺だったが、どこか無念そうだ。
そして卒業後、入学した時にはあった俺なりの情熱なんて物はすでに冷め切って、普通に会社に就職し、普通に結婚して、ごくごく普通の日々を過ごしてたんだ。だけど、倒産しちゃってな。どこで察したのか、タイミングよく達中が電話くれたんだ。卒業までに冷め切ってた時点で諦めてはいたんだけど、どっかでずっと守りに入ってた自分に疑問を感じてたんだろうな。だからかなりとまどったが、職を失ったことを機に迷いはなくなった。だけど理解ある家族には申し訳なくてずーっとその気持ちで一杯だよ。まぁ今となっちゃ達中のおかげって言い聞かせてるけどな。」
 
最後のは冗談だと言った表情で、里村さんは話し終えた。

 俺は今まで出会った大人の中に、ここの現場のような人間がいなかったからかもしれないが、だいぶ価値観が変わってきている自分に気付く。もしかしたら俺が遠ざけてきたためにこのような結果になったのかもしれないが、人との関わりがどうと言う前に、俺は何のためにも一生懸命になったことがほとんどない。人間として大切な事をあの人はわかってたんだ。俺よりも若い頃から。
 
よくよく考えれば父親にも何度と無く違う形で、同じような事を言われたことがあったのかもしれない。どうせ役に立たないって理由だけで、今まで俺はその場その場で捨て去ってきた。やはり結局その行為が、親方の言ういざって時に力が出せない、口達者の腰抜けに成り得るって事なのかもしれない。親方と親父は全く同じとは思えないが、なんとなく背景は似ている気がする。

「親方って本当に誤解されやすい人ですよね。かわいそうに。」
 
いつからか上から目線になっていた俺だった。しかも哀れんでる。里村さんに注意を受けそうだったが、
「あぁ、俺も自分の子供にあわせらんねぇよ。」
 
里村さんもだった。笑いあった後、俺は話を切るように
「里村さんはお子さんとかいらっしゃるんですか。」

と訊いてみた。

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