・感情の差 その3・

「降りてくる必要なかったよな。」
 下を向いて、悪態ついた俺だった。疲れていたとはいえ、人の事言える柄じゃない。
 ほぼ一塊で坑口に到着し、休憩に入ろうとした。射す光により、今日もいい天気だなと俺がのんびりしようとすると、目の前に顔見知りのおっさんが目に入った。
「おう熊取。」
 里村さんが、作業を終え一服をしているおっさんに手を振った。
「相変わらずきったねぇなぁ。」
 無精ひげを生やしたおっさんは、いい笑顔を振りまきながら立ち上がった。
「哲夫・・・。」
 毎度毎度この人と面と向かうと、なぜか険悪なムードを醸し出す親方。しかしそれを可哀相なほどに受け流す熊取さん。そして親方からふつふつと湧き上がっている感情そっちのけで、その自然に流れた方についていく我々。さぁ飯だ。
「悪いな。いっつもカレーでよ。」
 全員の分をよそい終え、熊取さんは誰とも目をあわさず、笑顔を作った。
「美味いっすよ。」
 巧さんが既に半分ほど食べきり感想を述べた。
「カレーはなかなか飽きないもんだけど、ほんと毎日でもいいよ俺は。」
 リスのようにほっぺたを腫らした琴町さんがおかわりを催促した。が、結局自分でよそってた。


 ここから約10kmも離れたところでコンビニのようなショッピングセンターを営んでいる熊取さんは、普段は配達のみなのだが、たまに店が暇だとこうして食事の準備をしてくれる。
 
そういや、温泉探しに行く日も熊取さんが来てくれてたからカレーだったな。
 
それにしても、現場とこの人との関わりはどこでなんだろうか。聞こうとした時には食器以外の片づけを済ませ、すでにお帰りになられていた。
「夜も来てくんないかな。」
 親方は終始無言で、迷惑そうに食べ終えると昼寝に入った。俺のつぶやきが聞こえたのだろうか。


 仕事が再開された。
「よーし、昼からの運搬はおまえらでやれ!全部だ!!こぼしたら・・・。」
 怒りの理由はわかっている。親方は暗がりの中で、誰ともなく当り散らすように言い放ってから土壁を蹴った。
「掘るとこ固めてどうすんだよ。」
 里村さんが呆れ返る。まぁガバっといくから足跡の範囲なんてなんでもないけど、そんな事よりもうどうにもならなそうだ。
「やっちゃいましょうか。」
 大隈さんはもうツッコみもせず、今日の残りを済まそうと動き出した。指名された3人は、狭い坑内に陣取っている土くれを炭車に放り込みだした。ちょっとでも軽くしようとしたら、また目の端ででも見られて怒られるんだろうなぁ。
 
 もう何回行き来しただろうか。あふれんばかりの炭車のおかげで足は棒。腕も棒。こうやって下り坂を下れてるのが不思議なほどだ。
  こうなった根源、親方と熊取さんに何があったかなんてもういいよ。
 
 気付けば今日の終業の時間を迎えた。
「お疲れしたー」
 
俺以外の5人は挨拶を酌み交わし坑口を後にした。それぞれ余裕のあるものそれなりに疲れてるもの様々だった。俺は坑口から少し進んだところで息絶えた。
「お疲れ。」
 
暖かいお父さんのような笑顔で俺の前に現れた。里村さんだった。
「・・・っっかれした。」
 
一歩進めたのはいいが、明らかにオーバーワークであった。自分ではしゃべったつもりだが伝わっただろうか。学生時代、せめて体育の授業位はもうちょい真面目にやっとくべきだった。
「ははは。いつも分かりやすいなぁお前は。」
 何の事だかよくわからないが、今はそれどころじゃない。
「あんなの無茶ですよ。」
 嗚咽を繰り返したり、地面に伏っしたり立ち上がろうとしてみたり
。俺の呼吸は全く整わない。
「最初は誰だってそうだよ。よし。今日は俺と風呂行くか?」
 
俺に気を使って手助けをしようとしない里村さんが楽しみだといった顔で言った。
「はい。」
 
俺は言葉少なに答えると里村さんはこう言った。
「よし。じゃあ動けそうになったら、俺の部屋に来てくれ。」
 
もう喋りたくなかった俺は会釈のみで答えた。
 とりあえず昼飯食った後も、もたれたりしている岩にもたれた。仰向けにはやっとなれるまで回復したが、頭から何からもたれていても、目線の先のぼやけが全くとれないほど。まだまだ息絶え絶えだった。気持ち悪くないのが不幸中の幸いといったところか。
 
あ、水が無い・・・。のどが渇いた。明らかに今日は汗の方が出てるよな。俺もそろそろ皆さんみたいに水携帯しようか。あれちょっとかっこいいんだよな。同じような仕事し始めたし真似しよう。こう上手いこと邪魔にならないように腰にぶら下げてる奴。

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