・感情の差 その1・
・・・・・・・・。
「おい!有村、急げ!!ここにはじめて来た時の琴町の顔を見たろう!!」
思い出している場合ではなかった。
「はい。すぐでます。」
冗談ではなくマジで急いだ。一応寝る時の格好は違うのだ。
「急ぐぞ。」
ドアを開け、大隈さんと共に坂を駆け下りる。坑口近くにつくとすでに全員集合していた。
「やっちまったか・・。」
心の中で涙を浮かべると挨拶より先に親方の口が開いた。
「有村こっちに来い」
親方に呼ばれた。初めてのことだ。既に遅刻していて大隈さんは俺を起こしに来たからって事でよくて・・。間・間に合わなかったのか?
「はい・・なんですか?」
呼吸を整える間もなく、俺は初めて親方の目を見て返事した。
「今日おまえに炭車の動かし方を教えてやる。」
親方はそういい残すと、またもや坑口にそそくさと向かっていった。
「は・はい。」
そんな親方を追いかけるように、俺は1テンポ遅く返事をした。
「よかったな。」
里村さんが俺の肩を叩きながらやる気に満ちた顔で立抗のある所に向かっていった。
「・・・・・。」
昨日の話を聞いてなかったらどう思ったのだろう。
「はやくこい!やる気あんのか!!」
・・結局怒られた。本当はちょっとだけ遅刻していのだ。
直々に教わるのかと思ったが、里村さんが先生となった。
「よし早速だが、これまでお前も見てきたとおりこれが炭車だ。くどいようだが、現場に溜まった物をこれに入れて運ぶ。言わずともうちは小規模で、ほぼ手作業だ。だがこれだけはあの機械で動かす。いいな?」
里村さんが始業時には地上に置いてある、炭車の縁の部分をなでながら説明を始めた。
「あぁ立抗ですね。」
改めてみると、古めかしいがものすごく立派に見える。
「そうだ。」
里村さんは俺が答えてくるとは思ってなかったようで、ちょっと嬉しそうな表情になった。
炭車の説明以外にも、坑内での注意事項なども説明された。そんな中、メモる物を持ってない俺は限りなく小さい引き出しに整理していった。
「よしこんなもんだな。一気に言っちまったが、結構いろいろあるだろ?まぁ入りきらなかった部分は誰かに復習してもらえ。」
里村さんが笑いながら一息つく。俺はわかった気にはなっていた。
「あぁそれと。」
おれが返事をするまもなく、いつに無く真剣な顔でこう続けた。
「何かあればすぐに知らせるが、全てできてあたりまえだ。ぼーっとしてるなよ。怠けたり甘えだしたら買出しどころじゃないぞ。覚悟しておけ。」
真に迫るとはこの事だ。
説明が終わると、里村さんはもう地下への足取りを速めている。そして巧さん琴町さんが坑道の入り口で待っていてくれた。
「あれ?何してるんですか?」
時間にして数分ではあるが、特にそこで何をするわけでもなく二人は迎えてくれた。
「おまえ頭に入ったか?」
琴町さんも、いつになく真面目な顔で聞いてきた。
「なんとかかんとかってとこです。」
全く自信はない。
「まぁなぁ。普通に生活してたら体験できねぇことだしな。」
暗い地下に向かいながら、琴町さんは続けた。
「それにしても電気とか通ってりゃ、もっと視界良好なんだけどな。このキャップライトじゃ、真横からなんか飛んできてもわかんねぇよ。」
そう言うと琴町さんはタオルを頭に巻き、その上にかぶせる形で装着した。皆こんな感じだ。確かに前方見える範囲は130°位で、まぁ先は十数m程。明るさは掘るだけなら問題ないが、この暗い中を歩こうと思ったらかなり不便だ。
「確かにな。あと気をつけることつったら火事だな。」
巧さんが付け加えた。
「えっと、確か炭塵ってのが石炭を掘ってると舞い上がって、燃え出すんですよね。」
おれは里村さんが言ったことを忠実に繰り返した。
「まぁざっくり言うとそうだな。炭塵っつーのは地面にある分にはマッチとかで火を近づけても、そんな簡単に燃えるもんじゃない。ただ細かければ細かいほど舞い上がるのはわかると思うけど、そうなれば坑内には当然酸素があるから、地面にあるときより燃えやすくなるわけだ。」
琴町さんの説明に俺はうなづいた。二回言われると頭に入りやすい。
「こういう事は覚えんの早いんだよな。」
ここで巧さんが、なぜか琴町さんに対してちゃちゃをいれた。しかし気にせず琴町さんは続けた。
「だから一気に舞い上がっちまったら連鎖反応が起こって、最悪ドカンだ。ちょっとした小火なら、土かけたり足で消せるらしいけど、燃え広がったら逃げるぞ。あとは水没させるしかない。」
ジェスチャーを加えながら、琴町さんは説明をしてくれた。どうやらそろそろ自分も経験したことの無い領域に入ってきたらしい。
「おまえはしらないだろうけど、坑口の近くに、消火栓の様な物がある。親方が不謹慎だってわかりにくくしてるから、知らなくて当然なんだけどな。」
後で確認することになった。
「後はガスと地下水の問題だな。」
こちらも経験したことの無いのであろう巧さんが話し出した。
「メタンが漏れ出して一酸化炭素中毒になったり、地下水があふれて来て溺れるなんて事もあるにはあるらしい。ガス濃度計は里村さんが持ってるから、逐一位置を確認して備えとけよ。」
滅多に無い事だからか、簡単な説明で終わった。実際なってからじゃ遅いんだが、ピンと来ていないのも事実。俺は他の人たちより軽い気持ちで理解していた。
そんな話をしているうちに現場に到着。状況は俺たちと共に降りてきた炭車に後は積み込むだけの手はずが整っていた。