「で、沖田君。君が知りたい事は何だい?」
わざわざこんな所にまで呼び出して。と、山南は何時もの胎の底を読ませない笑顔で、目の前に座す、 これまた胎の底を読ませない笑顔を浮かべている青年に問い掛けた。
屯所のすぐ裏手にある壬生寺には、夕刻が迫っているこの時間、稽古に汗を流す隊士達の姿もなく、 寺本来の静けさがある。
それを見越して自分を呼び出したのであろう沖田に、山南はさして疑問を抱かなかった。先程の問い掛 けも形式的なもので、本当に答えを求めているのではない。答えは既にわかっている。
そしてそんな山南の内情を知っている沖田も、自分の隣に座った食えない年上の男に顔を向けて、 形式的な答えを返す。
「いやぁ、ちょっと山南さんに教えてもらいたい事があるんですよぉ」
なぁに簡単な事です。時間は取らせませんからぁ。
にっこり笑ったその目は、しかし決して心から笑っていない。
「ちょっと昔のお知り合いについて」
教えて、いただけません?



「おう総司、どうかしたのか?さっきからうろうろしてよぅ」
「誰か探してるのか?」
稽古の中休みだろうか。程よく汗をかいた体を手拭で拭いながら、縁側で寛いでいる永倉と原田が、 廊下の向こう側からやって来た沖田を呼び止めた。
それに気付いた沖田が二人の方にひょいひょいと歩み寄る。
「ああ、お二人とも。ちょうどいい所に。斎藤さん、見ませんでしたかぁ?」
「斎藤?そう言えば、さっきの稽古にも出てなかったが・・・・・大方自室で刀の手入れでもしてる んじゃないのか?」
顎に手を当てて首を捻る永倉の隣で、原田が手を上げた。
「あ、俺見たぜ。さっきふらふら庭歩いてた」
「庭ぁ?何でまた・・・・何かしてたのか?」
斎藤が意味のない行動を嫌うと知っている永倉は、原田の目撃情報に更に首を捻る。
聞かれた原田は大きく肌蹴た稽古着から除く自慢の切腹傷痕を掻きながら、此方も首を捻った。
「さあ?俺に聞くなよ、ぱっつぁん。そういやぁ・・・・斎藤の奴、またでっけえタンコブこさえて たけど・・・・・総司、あれの原因知ってるか?」
「そんなのわたしが知ってる訳ありませんよ。まあ斎藤さん、最近ぼ〜っとしてるから、大方どっかの 柱にでも頭、ぶつけたんじゃない?」
原田の疑問に、そのタンコブの創造主である沖田はいけしゃあしゃあと、何時もの笑顔を崩す事なく あっさりと否定する。
早朝の習慣の内容を知らない二人は、そんな沖田の言葉にあっさりと納得した。
「そういや、最近あいつ、ぼ〜っとしてるもんな〜」
「ああ、らしくない位にな。稽古に出ないってのも、斎藤にしては珍しいし・・・・」
「そんな事より・・・・庭だったっけ?原田さんが斎藤さんを見かけたの。それってどれくらい前で すかぁ?」
ずばっと斎藤のタンコブをそんな事′トばわりして、沖田が話の軌道を修正する。
「ん〜、そんなに時間は経ってないと思うぜ。俺らが一休憩するのに、ここに来る途中で 見かけたから」
「何だ、それだったらまだ四半刻(約30分)も経ってないんじゃないか?」
原田の後を取って永倉が言った。
「そうですかぁ、ありがとうございます」
早速庭を探してみますねぇ。
と沖田が振り返った先に、正に話題の斎藤が、ふらふらと此方に向かって歩いているのが目に入った。
「あ、斎藤じゃん」
「こりゃあ丁度良い。探す手間が省けたんじゃないか?」
「ホントだ・・・・斎藤さん!」
こっちこっち、と手を振る沖田に、斎藤が虚ろな目を此方に向けた。そのままふらふらと近付いてくる 。
「いやぁ、丁度良かった。探してたんですよぅ」
「・・・・・何か用か?」
ぼそり、と問う斎藤の、きっちりと結い上げられた髪の間からは原田曰く、「でっけえタンコブ(沖田 作)」が、真っ赤に腫れた状態で覗いている。いかにも痛々しい。
「ええ、ちょっと一緒に見て欲しいものがあって・・・・」
「何々?何か面白いものでもあんの?」
「おい、左之助!」
そんなタンコブなど最初っから無いもののように自然に流し、その笑みを深くして、思わせぶりな台詞 を吐く沖田に原田の方が反応する。斎藤を押しのけて身を乗り出した原田を、永倉が諌めた。
「総司は斎藤を誘ってるんだ。お前は邪魔するんじゃない」
「え〜でもよ〜・・・・」
永倉の叱咤に実に未練がましそうな顔をする原田を見て、沖田は笑顔のまま・・・・・いや、心なしか 眼に愉快そうに光らせて、口を開いた。
今ここに土方がいれば、この沖田の表情を見て何やら嫌な事 (沖田本人にとってはこの上なく愉快な事)を企んでいると気付いただろう。そして、それを何とか 阻止しようとしたかもしれない。(だからと言って必ず止めれるとゆう保障はないが)
しかし、現実にはこの場には土方は居らず、どちらかと言えばその 手の、人の表情を読むことなどする事がない(出来ない)単純な原田、冷静で頭はそこそこ切れる のに、自分に被害が及ばない限りはなんの行動も起こさない永倉・・・・・沖田は永倉を標 的にした事がないので、余り永倉も沖田に対して警戒心は持っていない・・・・・と、それに 今や何かの抜け殻のようになっている斎藤・・・・もっとも此方は最初っから(例え普段どおりであ っても)沖田にとって何の障害にもならないが・・・・・では、沖田を止める者など、皆無に等し かった。
「いえ、じゃあお二人も一緒にどうですかぁ?大勢の方が楽しい(かもしれない)し」
「えっ、いいの!?」
「いいのか?本当に」
沖田の誘いに、二人はあっさり乗る。
「あ、斎藤さんは勿論強制参加ですよぉ?」
「・・・・・・分かった」
存在を今の今まで無視され、こちらに背を向けて再びどこかへ歩き出そうとしていた斎藤を、沖田は あっさりと止めた。







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