早朝、斎藤は布団から上半身を起こし、呆然としていた。
もうすっかり朝晩が冷え込むようになったこの季節、太陽も昇るのがめっきり遅くなり、 まだ辺りは薄暗い。
静まり返った部屋には、斎藤の荒い呼吸音だけが響いている。
       ま、まただ・・・・)
肌寒い筈なのに、汗が止まらない。
(また、あの夢を・・・・っ!!あんな夢を見てしまったっっ!!!)
布団を握り締める掌にも汗が滲んでいるが、斎藤は更に握る力を強めた。
斎藤の頭にはぐるぐると、先程まで見ていた夢の映像が高速回転で回っている。それを振り切るように 頭を振ってみるが、効果はない。
逆にそんな斎藤を嘲笑うかのように、映像はどんどん鮮明になってくる。
(あ、あんな・・・・あんな・・・・・・)
浮かび上がる、抜けるように白い肌。
漆黒の、艶やかな髪。
(お、俺は・・・俺は・・・・・・っっ!)
そして、紅を塗ったかのように色付いたその唇は、想像以上に柔らかく、自分のそれを押し返し て            
(俺は・・・・・・・・・っっ!!)
「俺は、違うんだ――――――っっ!!!」
「煩いっつーの、斎藤さん。この野郎。寝るくらい黙って寝られねぇのかよ」
バキャ。とゆう音と共に、部屋の中が静まり返る。
刀を握った沖田は、その鞘で斎藤を沈めたのを確認すると、再び何事も無かったかのように布団に 潜る。そして一瞬の後、寝息が聞こえ始めた。
ここ最近繰り返されている、一番隊組長と三番隊組長の相部屋での早朝の習慣である。



そんな早朝の出来事など微塵も知らない土方は、出来る事なら今すぐ、この部屋から飛び出して行 きたかった。
しかしそれは自分の立場上、そしてその他諸々の事情から決して出来ない事だった。
「では改めて紹介しましょう。此方が今回新しく新撰組に加わっていただける事になった、伊東甲子 太郎殿。伊東さん、此方が総長の山南と副長の土方です」
目の前ではつい一刻前にこの屯所に到着したばかりの、局長・近藤がにこにこと上機嫌に自分達を紹介 している。
(駄目だ・・・・こんな嬉しそうなかっちゃんに、「気分が悪いので辞させてもらいたい」なんて絶対 言えねぇー!!)
土方はこの幼馴染同然の、しかしその天然さ故に未だ自分の性別に気付かないばかりか、疑問に思って すらいない、この男の笑顔にとことん弱かった。もしかしたら性別を隠している上に、女なのに 義兄弟の契りを交わしたことに対する罪悪感(本来なら義兄妹の契りになるのだろうか?)が少し、 その理由にあるのかもしれない。
しかし、
「伊東大蔵改め、伊東甲子太郎です。宜しく御願い致します」
うっすらと笑みを浮かべた口元から漏れる、しっとりとしていて、それでいてよく響く声。
(うう、なんでこっち見るんだよ!あっちの局長の方を見ろよぉ!!)
自分の右斜め前に座す、まるで役者のような・・・・とゆう表現が当てはまる美男子(しかも無駄に美 声だ)こと伊東の、何故かずっと自分に固定されたままの視線に、先程から鳥肌が立ちっぱなし、遂に は寒気まで感じてきている。
土方は本来、人の視線を気にしない性分だ。とゆうか、一々気にしていたら霧がない・・・・とでも言 うべきか。
そこらの女以上に(と言っても、本当は女なのだからこの表現は可笑しいのだが)美し く整った顔と白い肌は、それこそ物心つく前から常に注目を浴びる対象だったのだから、好い加減自分 を凝視する(実際は見惚れている)視線には慣れている。
だがそんな土方も、自分の右斜め前に座す、まるで役者(以下略)の視線には、はっきりとした嫌悪感 を感じていた。 そう、例えるなら、まるで、蛇が体を這っているかのような、ついうっかり蛞蝓に手で触って しまったかのような、何とも言いがたいねっとりとした気色悪さが絶え間なく襲ってくるのだ。
そんな土方の内心の葛藤など全く分からない近藤は、嬉々として伊東と話を弾ませている。その間も 当然、伊東からの視線が途切れる事はない。
好い加減、もうどう思われても良いから出て行ってやろうか・・・・。等とゆう思いが頭から離れなく なりかけた頃、隣に座っている山南が土方の方に顔を向けた。
「土方君、どうかしましたか?随分顔色が悪いようですが・・・・」
常の笑顔ではなく、心配そうな表情を浮かべる山南の台詞に、話を止めた近藤が土方の方を見る。
「歳、どうしたんだ?顔が真っ青じゃないか!」
「・・・・いや、大丈夫だ。近藤さん、気にせずに話を続けてくれ」
驚いた声を出す近藤に、土方は内心ほっとしながらも、つい何時もの癖で先を促した。
しかしすかさず山南がそれを絶つ。
「いや、無理をしないほうがいい。大体君は先日も倒れたばかりだそうじゃないですか。少し横に なって、体を休めなさい」
(って何であんたが知ってるんだっ!!?)
山南の言葉に、土方は思わず心の中で叫んだ。実際に声に出さなかっただけ奇跡である。
山南の言ったのは間違いなく、先日の「お馬さん」事件のことだ。が、土方はそれを誰にも言って いない。沖田にも誰にも言うな、と強く言ったおいた筈だ。そしてそれを第一発見者でもある斎藤 にも伝えるようにと・・・・・。
土方は知らない。沖田に誰にも言うなと言い、沖田は確かに誰にも言わなかった。
しかし、沖田が目覚めたばかりでふらつく自分を半ば抱きかかえるように別宅に連れて行った際、 当然目撃者がいた事を。
あの°Sの副長が、一番隊組長である沖田に抱き運ばれていた事が、瞬く間に一大事件として屯 所を駆け巡った事を。
そして沖田によって運ばれた土方が別宅に到着し、再び布団の中で横になっていた時には既に、屯所 内で平隊士、幹部を含めその事を知らぬ者は一人としていなかった事を。
土方は知らない。沖田がその全てを知っていながらも、それを伝える事をせず、土方の誰にも言うな とゆう頼みに、笑いながら頷いていた事実を。
流石にその「倒れた原因」が他に知られる事は無くても、それでも自分が倒れた事を皆知っている とゆう事実に、内心、絶叫の嵐が巻き起こっている土方を尻目に展開は進んでいく。
「なんだって!歳が倒れたのか!?」
それで、もう大丈夫なのか!と、 山南の台詞に再び近藤が驚いた声を出した。そしてそれに頷く山南は、最早すっかり体ごと土方の方 を向いている。
「兎に角、そんな体で無理をしない方がいい。今日はもうお休みなさい」
「そうだぞ、歳。只でさえお前は昔から体が丈夫じゃなくて、月に一度は必ず寝込んでたじゃない か」
それこそ「お馬さん」のお陰だ。
が、そんな事は口に出せない。土方は視線を泳がせながら、どうやって二人を言い静めようか必死で 頭を働かせる。
しかし、そんな土方の思いをぶち壊すかのごとく、今まで黙って此方を見ていた無駄に美声な人物が 口を開いた。







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