「・・・・・ここって局長の部屋じゃないか。こんなところに何があるって言うんだ?」
「しぃ〜!永倉さん、喋らないで下さいよ。ここに居るのがバレちゃうじゃないですかぁ」
「でもよ、何かドキドキすんな!総司、いってぇ何があるんだよ?」
「それは見てのお楽しみですよぉ。わたしの見方じゃあ、もうそろそろの筈なんだけど・・・・」
「(・・・・戻りたい)」
こそこそと、局長である近藤の部屋の前、襖に影が映らぬように身を潜ませている4人組。
何やら至極楽しげな(事を企んでいそうな)沖田に、比較的常識人故にそろそろ何やら善くない予感を 感じ始めている永倉。何時もの事ながら無駄にテンションの高い原田と、最初っからやる気ゼロの斎藤 。
今や大所帯となった新撰組での数少ない幹部であり、しかも隊内屈指の実力者である一・二・三・十番 隊の組長は、何故か今、揃ってまるで盗人のように、しかし盗人にしては傍目には目立ち過ぎな上に怪 しすぎる状態で座り込んでいた。
お世辞にも他の隊士には見せられない姿である。
そして他の隊士達も見たくはないだろう。こんな尊敬対象の見たら幻滅間違いなしの姿など。 夢は見ていたい。
そんな双方の願いが一致しているお陰か何なのか、周囲に4人以外の人影はなく、誰かが廊下を渡って くる様子もなかった。
まあ単に、その立場から近藤や山南・土方、幹部達の部屋は屯所内でも 比較的奥の方に位置しており、普段からよほどの用がない限りは平隊士などが訪れる場所でもないから なのだが。
そうこうしている内に、部屋の中が何やら慌ただしくなってきた。相変わらず声までは聞こえてこな いが、先程までとは様子が違う。
それに瞬時に気付いた沖田が、
「来た来た来たぁ〜」
きらりと目を光らせる。と、其の瞬間、
「俺は男だっっっ!!!!!!」
響き渡った叫び声に襖が震え、斎藤がビクリッ!と飛び上がった。



獲物を前にした蛇、もしくは人を化かす狐のように(土方には見える)目を細めて笑みを浮かべなが ら、伊東は口を開いた。
「・・・・失礼ですが、土方君はお体が丈夫ではないのですか?」
其の口から紡がれるものは、やはり無駄に美声だ。
「いえ、そんな事はありませんが・・・・」
近藤と山南が口を挟む前に土方自身が否定する。
「この御両人が大げさなのです」
きっぱりと言い放った土方に、近藤は反論しようと口を開けかけるが、見計らったかのように 伊東の声がそれを遮った。
「そうですか、それは良かった。いや、江戸よりの道程で近藤先生から貴方のお話も聞いていたのです が、噂では味方の隊士さえ恐れる副長と聞き及んでいたもので、実際にお目見えするまで、どのような 人物であるのか分からなかったのです。何せ近藤先生からお聞きした人物像と、噂での人物像が全く 一致しなかったもので。自分なりに思い描いてみたりもしたのですが、しかしこうやってお会いして みると、貴方は想像とは全く違った」
「は?いや、ちょっ」
すらすらと、誰も間に入れない速さで言い募る。
「ええ、実に素晴らしい。その島原の太夫でさえ競うのを嫌がるであろう白く美しい肌も、まるで 漆を塗ったかのように艶やかな鴉の濡れ羽色の髪も、黒曜石の如く煌き覗き込んだ者をその虜にし てしまうだろう大きな瞳も。そして刀を使う者とは思えないような繊細な造りの体に見合う、儚き 美しさをより際立たせる少し病弱だと言う先程のお話!!」
「いや、だから病弱なんかじゃねぇって言」
「貴方が鬼と言われるのも無理はない。何せ貴方は美しすぎる。余りにも度を過ぎた美しさは時に 人を臆病にし、その持ち主を同じ人間とは認めたがらないものです。そう、嘗て私も同じ目に会っ た事があります。しかし私の場合は道場主として以上に人望集め慕われたお陰で、そのような事は なくなりましたが。いえ、何も貴方に人望が無いと言っているのではありません。貴方はこの烏合の衆 である新撰組を纏める為にそうなったに過ぎない。これは実に悲しい事です」
「・・・・・・・」
最早誰も口を挟まない。いや、挟めない。
「しかしそれを嘆く事はありません。何故ならそれは今この時をもって終わりを告げるからです。 そう、この私が来た事によって!」
伊東が、唖然とした土方の手を勢い良くがしっと掴んだ。
「土方君・・・・是非私の京での心の癒し、妾≠ノなって頂きたい」
それによって、貴方も幸せになれるのです。
この瞬間、確実にその場の時が止まったのを、衝撃の余り固まってしまった近藤と土方を眺めながら 山南は感じた。その原因たる伊東は、己の言葉に酔っていた。
そしてその一瞬の後、石化状態から抜け出したのか、告げられた伊東の言葉を咄嗟に理解できずにい た土方の脳味噌に、じわじわとその意味が浸透する。
と同時に、その(伊東曰く)島原の太夫でさえ競うのを嫌がるであろう白く美しい肌でできた 額に、青筋が大量に浮かんだ。
プルプルと体が震えるのは、先程までの寒気所為でない。
そして山南が自らの耳を手で覆い、近藤がやっとのことで石化状態から回復した次の瞬間、
「俺は男だっっっ!!!!!!」
響き渡った叫び声に襖が震え、襖の外で何者かの気配がビクリッ!と飛び上がった。







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