任愷字元褒，樂安博昌人也〔斠注一〕。父昊，魏太常〔斠注二〕。愷少有識量〔斠注三〕，尚魏明帝女，累遷中書侍郎、員外散騎常侍。晉國建，為侍中，封昌國縣侯。
〔斠注一〕元和姓纂五曰：「樂安博昌任敖之後，晉尚書任愷。」
〔斠注二〕魏志三少帝紀注引：魏書有太常臣晏。廿二史攷異十五曰：「晉書任愷傳父昊魏太常。晏、昊字形相似，疑即其人也。」
〔斠注三〕世説任誕篇注：晉諸公贊曰愷有雅識。
任愷は字を元褒といい、徐州楽安郡博昌県の人である。父の任昊は魏の太常であった。任愷は幼少より知識が豊富で、魏の明帝（曹叡）の娘を娶り(1)、中書侍郎・員外散騎常侍と次々と転任した。晋国が建つと、侍中となり、昌国県侯に封ぜられた｡
〔斠注一〕『元和姓纂』五に「楽安郡博昌県の任敖の子孫、晋の尚書、任愷。」とある。
〔斠注二〕『三国志』魏書三少帝紀の裴松之注に『魏書』を引用して「太常臣晏」とある。『廿二史考異』巻十五に「晋書任愷伝に「父昊，魏太常」とある。「晏」・「昊」の字形は似ており、おそらくこの人のことであろう。」
〔斠注三〕
『世説新語』任誕篇の劉孝標注に次のようにある。「『晋諸公賛』に「愷有雅識」とある。」
任愷は国家経営の才能があり、あらゆる機会をとらえ、事の大小を問わず、多くこれらを取り纏めていた。性格は誠実で正しく、国家経営を自身の任務としており、天子はこれを高く評価して(2)任愷と親しくし、政事について多く相談をした。泰始年間の初め、鄭沖(3)・王祥(4)・何曾(5)・荀顗(6)・裴秀(7)たちがそれぞれ老いや病を理由に邸宅へ帰った。天子は大臣を厚遇し、筋力を労することを望まず、しばしば任愷を派遣して諸公に説明をおこない､当時の政事を相談し、得失について議論に加わった。任愷は賈充(8)の人柄を嫌っており、長期間朝政を執務させることを望まず､決裁がある度に抑えてきた。賈充がこれを非難しても、対処しなかった。後に任愷は節操が固く器量があって正しいので、東宮にいて太子を守護させた方が良いという離間の策を受けた。天子はこれに従い、任愷を太子少傅に任命し、侍中の職は元のままとしようとしたが、賈充が画策してさせなかった。秦州・雍州での反乱に遭って、天子は憂いをなした。任愷はそこで次のように言った。「秦州・涼州が敗れ、關右騷動、これは本当に国家として深く考えるべき所です。早速鎮撫し、人心に覆いを被らせるのが良いでしょう。自身が威勢がないのに重臣が計略を持っていることを望むのであれば、そんなことでは西土の地を安んずることはできません。」天子は言った｡「誰に任ずべきだろうか？」任愷は「賈充がよいでしょう」と言った｡中書令庾純(9)もまた同様の発言をしたので、ここで詔を発して、賈充を西の長安の鎮撫を命じた｡しかし賈充は荀勖(10)と謀って留まることができた。
(2) 「器」は「うつわトス」と読み下し、高く評価する、重視するという意味がある。
(3)
鄭沖は字を文和といい，司州滎陽郡開封県の人。『晋書』列伝第三に伝がある。
(4)
王祥は字を休徴といい，徐州琅邪国臨沂県の人。『晋書』列伝第三に伝がある。
(5)
何曾は字を潁考といい、豫州陳国陽夏県の人。『晋書』列伝第三に伝がある。
(6) 荀顗は字を景倩といい、豫州潁川郡の人。『晋書』列伝第九に伝がある。
(7) 裴秀は字を季彦といい、司州河東郡聞喜県の人。『晋書』列伝第五に伝がある。
(8) 賈充は字を公閭といい、司州平陽郡襄陵県の人。『晋書』列伝第十に伝がある。
(9) 庾純は字を謀甫という。『晋書』列伝第二十に伝がある。
(10) 荀勖は字を公曾といい、豫州潁川郡潁陰県の人。漢の司空 荀爽の曾孫。『晋書』列伝第九に伝がある。
充既為帝所遇，欲專名勢，而庾純、張華、溫顒、向秀、和嶠之徒皆與愷善，楊珧、王恂、華廙等充所親敬，于是朋黨紛然。帝知之，召充、愷宴于式乾殿，而謂充等曰：「朝廷宜一，大臣當和。」充、愷各拜謝而罷。既而充、愷等以帝已知之而不責，結怨愈深，外相崇重，內甚不平。或為充謀曰：「愷總門下樞要，得與上親接，宜啓令典選，便得漸疏，此一都令史事耳。且九流難精，間隙易乘。」充因稱愷才能，宜在官人之職。帝不之疑，謂充舉得其才。即日以愷為吏部尚書，加奉車都尉。
賈充は武帝（司馬炎）に用いられるようになり、名声と権勢を専有しようとした。しかし、庾純・張華(11)・溫顒(12)・向秀(13)・和嶠(14)はみな任愷と親しくし、楊珧(15)・王恂(16)・華廙(17)達は賈充が親しくして、ここで派閥ができて混乱した。武帝（司馬炎）はこの事を知って、賈充・任愷を呼び出し、式乾殿にて宴を開いた。そして賈充達に言った。「朝廷は一体となるのがよく、大臣は融和すべきである。」賈充・任愷はそれぞれ謹んでお礼を述べて退席した。しばらくの間、賈充・任愷達は武帝（司馬炎）が対立をすでに知っていたことから、咎めあうことはなかったが、恨みはますます深くなり、外見的には互いに尊重しあうようであったが、内面的にはかなり不穏であった。ある者は賈充に謀略を示した。「任愷の門下の中心人物はすべて皇帝と親しく接しております。ここは法典の選定を奏上するのがよいでしょう。彼らを徐々に分散させるには、みな令史に従事させるのみです。九つの流れはまとまりがたく、その隙に乗じやすくなります。」賈充は任愷の才能を称えて、官人の職に就くのが良いとした。武帝は賈充が才能ある者を推挙したということを疑わなかった。即日任愷を吏部尚書に任命し、奉車都尉を加えた。
(11)張華は字を茂先といい、幽州范陽郡方城県の人。『晋書』列伝第六に伝がある。
(12)溫顒については、不明。
(13)向秀は字を子期といい、司州河内郡懐県の人。竹林の七賢の一人。『晋書』列伝第十九に伝がある。
(14)和嶠は字を長輿といい、豫州汝南郡西平県の人。『晋書』列伝第十五に伝がある。
(15)楊珧については、不明。
(16)王恂は字を良夫という。文明皇后の弟である。『晋書』列伝第六十三に伝がある。
(17)華廙については、不明。
愷既在尚書，選舉公平，盡心所職，然侍覲轉希。充與荀勖、馮紞承間浸潤，謂愷豪侈，用御食器。充遣尚書右僕射、高陽王珪奏愷，遂免官。有司收太官宰人檢覈，是愷妻齊長公主得賜魏時御器也。愷既免而毀謗益至，帝漸薄之。然山濤明愷為人通敏有智局，舉為河南尹。坐賊發不獲，又免官。復遷光祿勳。
任愷は尚書に就き、人材の選出・推挙は公平であり、その職掌に心を尽くしたが、天子に謁見する機会はかえって少なくなった｡賈充は荀勖・馮紞(18)と共に、任愷は贅沢をして天子が用いる食器を使っていると言って、離間の策をじわじわと広めた。賈充は尚書右僕射・高陽王司馬珪(19)を派遣して任愷を弾劾させ、遂に官職を辞めさせた。役人は太官宰人を捕らえて調査したところ、任愷の妻である斉長公主が魏の時に下賜された食器であることが分かった。任愷はすでに免職されており、誹謗中傷はますます多くなり、武帝（司馬炎）の気持ちも離れてしまった。しかし山濤(20)は任愷の人柄や物事によく通じ、智慧の働きも優れていくことを明らかにしたので、推挙されて河南尹に任命された。しかし盗賊が出ても捕らえず、また官職を免ぜられた。再び光祿勳に就いた。
(18)馮紞は字を少冑といい、冀州安平郡の人。『晋書』列伝第九に伝がある。
(19)高陽王司馬珪は字を子璋といい、安平献王司馬孚の子。『晋書』列伝第七に伝がある。『晋書』では高陽元王とあるが、高陽王司馬睦
と区別しているのであろうか？
(20)山濤は字を巨源といい、司州河内郡懐県の人。竹林の七賢の一人。『晋書』列伝第十三に伝がある。
愷素有識鑒，加以在公勤恪，甚得朝野稱譽。而賈充朋黨又諷有司奏愷與立進令劉友交關。事下尚書，愷對不伏。尚書杜友、廷尉劉良並忠公士也，知愷為充所抑，欲申理之，故遲留而未斷，以是愷及友、良皆免官。愷既失職，乃縱酒耽樂，極滋味以自奉養。初，何劭以公子奢侈，每食必盡四方珍饌，愷乃踰之，一食萬錢，猶云無可下筯處。愷時因朝請，帝或慰諭之，愷初無復言，惟泣而已。後起為太僕，轉太常。
任愷は以前から人物の才能や事柄の是非を正しく見分ける能力に優れており、さらに公職をまじめに勤めていたことから、朝廷・民間を問わず、大変評判が良かった｡しかし賈充の一党はまた任愷が立進令劉友(21)と関わりがあると役人に弾劾させるなどした。事下尚書，愷對不伏。尚書杜友(22)・廷尉劉良(23)は共に誠実な士大夫であり、任愷が賈充に抑えられていることを知り、その真相を上奏しようとしたが、ぐずぐずとして決断できず、任愷・杜友・劉良は皆官職を免ぜられた。任愷は官職を失い、酒に溺れ歓楽に耽り、美食を極めて、日を過ごした。かつて、何劭が公子のため贅沢をし、毎食必ず国内の珍味を食べ尽くしたが、任愷はこれを越えて、一食に万銭をかけ、箸を置くところもないほどだと言われた。任愷は朝廷に招かれ、武帝（司馬炎）は彼を慰め諭したが、任愷は再び発言することなく、ただ泣くのみであった。後に官職について、太僕となり、太常に転任した。
(21)劉友は『晋書』にその名が見られる。詳細は不明。
(22)杜友は『晋書』にその名が見られる。詳細は不明。
(23)劉良は『晋書』にその名が見られる。詳細は不明。
何劭は字を敬祖といい、何曾の子。『晋書』列伝第三に傳がある。
初，魏舒雖歷位郡守，而未被任遇，愷為侍中，薦舒為散騎常侍〔斠注四〕。至是舒為右光祿、開府，領司徒，帝臨軒使愷拜授。舒雖以弘量寬簡為稱，時以愷有佐世器局，而舒登三公，愷止守散卿，莫不為之憤歎也。愷不得志，竟以憂卒，時年六十一，諡曰元，子罕嗣。
〔斠注四〕御覽六百三十一：晉諸公讃序曰：「魏舒雖有宇量眾望，未能悉歸。侍中任愷爲世祖所委任，泰始中啓舒散騎常侍。」
その昔､魏舒(24)は郡守を歴任していたが、官職に任命されていなかった。任愷は侍中に任命され、魏舒を推薦して散騎常侍とした。これより魏舒は右光祿・開府となり、司徒を兼務したが、武帝（司馬炎）は玉座を降り、任愷に官を授けさせた。魏舒は度量が大きく鷹揚であると評判であったが、当時は任愷の方が政事を補佐する器量があると言われていた。しかし、魏舒が三公に至り、任愷は守散卿に留まった。このため憤慨し歎かなかったことはなかったという。任愷は志を得られず、結局憂いを抱いて卒去した。享年六十一歳、諡は元と言う。子の任罕が跡を継いだ。
〔斠注四〕『太平御覧』六百三十一に次のようにある。『晋諸公賛』に「魏舒は度量が大きく衆望があるが、結果を尽くすことができなかった(25)。侍中任愷は世祖（武帝）に任され、泰始年間の中頃、魏舒を散騎常侍にするよう奏上した。」
(24)魏舒は字を陽元といい、兗州任城郡樊県の人。『晋書』列伝第十一に伝がある。
(25)悉は尽くす、歸は結果の意味。『晋書』本文の記述と考え合わせると、結果とは官職に就くことをいうものと思われる｡
罕字子倫，幼有門風，才望不及愷，以淑行致稱，為清平佳士。歷黃門侍郎、散騎常侍、兗州刺史、大鴻臚。
任罕は字を子倫という。幼いころより家風に則っていたが、才能は任愷に及ばなかった。徳行をもって評判となり、清平佳士と呼ばれた｡黄門侍郎・散騎常侍・兗州刺史・大鴻臚を歴任した。