遠乗り
ヒュッ!
風を切って飛んだ小石が、川面を何度か跳ねて沈んだ。
「5回か・・」
目標は7段跳ねだ。
よく跳ねそうな平たい石を手に取る。
「よっ・・と!」
力みすぎたのか、今度は4回目には沈んでしまった。
宇治川べりの河原。
遠方へ出るつもりなどなかったのだが、愛馬が駆けたがったので思うままに走らせていたら、
いつのまにかこんな所まで来てしまっていた。
手持ち無沙汰な1日だ。
ここ2〜3日、花梨の顔を見ていなかったので、今日は久しぶりに一緒に出かけようかと思い、
誘いに行ったのだが・・・。
『あ、勝真さん・・・ごめんなさい、今日は西のお札を探しに行かないといけないので・・・』
花梨は申し訳なさそうにそう言った・・・。
八葉が揃うまでは毎日のように面倒を見ていたので、こちらの都合で行けないことはあっても、
あいつが断ってくることはまずありえなかった。
誘えば付いて来る、それが当たり前だと思っていた。
だから・・・(認めたくはないのだが)かなりショックだった。
ショック・・・・?
何故だ?
あいつの使命を考えれば、誰か一人とだけ行動していたのでは、それが果たせないのは明らかなことだ。
他の奴と行動するのは当然なのだ、なのに・・・。
なにかおかしい。
たぶん、そう、あの虹の日から・・・。
「くそっ!」
することがない上に、むしゃくしゃするので最悪だ。
とりあえず、小石の水面7段跳ねを今の目標とする。(我ながら情けないが・・)
7という数字に特に意味はないが、そのくらい跳ねさせる事が出来れば、このもやもやした気持ちも
すっきりさせることが出来るのではないかと・・・いわば無理やりなこじつけだ。
次の手頃な小石を探そうと、河原に目を向けたその時、
後ろの方から快活そうな声が響いた。
「勝真じゃねえか!何してるんだ、こんなとこで!」
聞きなれた声に首を巡らせてみると、赤い髪を無造作に後ろで束ねた少年が、こちらへ向かって走ってきていた。
「イサトか・・・。市中の見回りだよ・・っと!」
適当な小石を手にとって投げる。6段跳ね。
「おしい!あと1回!」
イサトは、横までやって来ると怪訝そうに尋ねた。
「あと1回?何の見回りやってんだ、だいたいここって市中か?」
・・・・・。
しまった、「京の見回り」にしておけばよかった。
まあ、「京の見回り」にしてもかなり無理があるな。
「街の治安を守る」のが京職の仕事だとしたら、ここはあまりにも人里から離れてしまっている。
「おまえこそ、こんなところに何の用だ?」
言い訳をすると余計に突っ込まれそうなので、少し強引に話をそらす。
「俺か?俺はこの近くの寺院に使いを頼まれたんだよ。」
答えながら、イサトはこちらの顔を覗き込んだ。
「なんかあったのか?」
やはり少し無理があったか。探るような目付きで見ている。
「べ、別に何もないぜ? ちょっと遠乗りに来ただけだよ・・っと。」
小石が飛ぶ。5段跳ね。
「おまえ、さっきと言ってることが違うぞ。」
・・・・しまった。聞こえない振りをして小石を投げる。
3段跳ね・・・。
「勝真、いま動揺してるだろ。」
す、するどい。
さすがは乳兄弟、侮れない。
「さあて、次の場所へ見回りに行くとするか。じゃあな!」
あくまでも聞こえない振りを通して、きびすを返す。
これ以上とやかく言われないうちに、さっさと逃げてしまおう。
「なんだよ、つれないヤツだなあ。俺も使いは終わったし、ヒマだから付き合ってやるぜ?」
しかし、イサトはこちらの意に反してぴったりと付いて来た。
どうやら心配してくれているらしいが・・・この場合は、ありがた迷惑だな。
「い、いや、付き合ってくれなくてもいいんだが・・・」
努めて笑顔で言った・・・つもりだったが。
「勝真、そういうの、ひきつり笑いっていうんだぜ。」
・・・・かなわない。
「ま、話したくなきゃ許してやるよ。おまえもいろいろと大変だろうしな。」
ん?・・・ああ、そういうことか、どうやら仕事関連の悩みだと思っているらしい。
「あ、ああ、まあな。」
ホッと息をつく。
こちらの雰囲気が少しなごんだのを感じたのか、イサトも安心したように笑顔を見せた。
「で?次はどこへ行くんだ?市中に戻るか?」
市中か・・・。今戻って、花梨たちと鉢合わせしてしまったらイヤだな・・・。
市中を通らずに行けるところ・・・。
「いや、桂川にでも行くかな。」
何気なく言ったのだが、それを聞いたイサトは素っ頓狂な声を上げた。
「桂川だあ!? おい、まさか走って付いて来いなんて言わねえだろうな?
いくら健脚な俺でもその距離はきついぜ?」
言われてみればそうだ。馬で来ているので気が回らなかった。
「仕方ない、後ろに乗せてやるよ。」
「・・・つーことは男2人の相乗りかよ、げー!」
こいつ・・イヤなら付いて来るなよ。
ムッとしたのに気づいたのか、こちらが口を開く前にイサトは言葉をつないだ。
「ま、しゃーねー、乗ってやるか! 花梨じゃなくて悪いけど。」
イサトの口からごくごく自然に出てきた名だったが。
か、り、ん・・・
なぜだか分からないが、胸の奥を針か何かでチクリとやられたような気がする。
だが、並んで歩いていて顔がみえなかったせいか、イサトは何も気づかないらしい。
世間話をするように(実際そうなのだろうが)、イサトは続けた。
「そういえば、今日は紫姫の屋敷へは行かなかったのか?
俺は寺院の用事があったから行かなかったが、おまえはずいぶんとヒマそうじゃねえか。」
うっ・・。
今度は背中からサクっとやられたような気が・・・。
「い、行ったぜ、一応。八葉の務めだしな、ハ、ハハ・・・」
乾いた笑いになってるのが分かるが、『断られてイラついてた』なんて知られたら恥だ。
ここは平常心、平常心・・・!
「き、今日は市中を回るとか言ってたかな・・・」
何気なくそう言ったのだが、イサトは大きく納得したように頷いた。
「ああそうか、おまえ遠方要員かぁ! 近くを回るときには必要ないって訳だな。あははは!」
illustration by 紫翠さま(自由京)
こ、こいつ・・・!
ワザとか!?
なんでさっきから、人の一番触れられたくない部分ばかりを、容赦なくグサグサとやりやがるんだ!
しかし、イサトには全く悪気はないらしく(あってたまるか!)くったくなくしゃべり続けている。
「まあいいじゃん。遠方へ行くときには頼りにされてんだろ?女の子と2人、相乗りなんてうらやましいぜ!」
ポン。
そう言うと、イサトは親しみをこめて肩を叩いてくれた・・・らしいが。
平静を保つのに必死だったせいか、不覚にもその一撃(?)でよろけてしまった。
「ど、どうしたんだ、勝真! ん・・? 何か顔色悪いぞ、大丈夫か?」
大丈夫ではない・・・が。
「も、問題ない、ぜ・・・?」
さっさと馬に乗ってしまおう。
「ん・・? そういう台詞回し、どっか他で聞いたような・・・?」
イサトは眉間に皺を寄せて何かぶつぶつ言っていたが、こちらが馬に乗ったのを見ると、慌てて後ろに飛び乗ってきた。
「それにしても、宇治川の次は桂川ってさ、おまえよっぽど小石を跳ねさせるのが好きなんだなあ・・」
後ろでイサトがしみじみと言った。
「い、いや、そういうわけでは・・・」
いくらなんでも、子供じゃあるまいし。
ただ市中を避けたかっただけだ。
市中を避ける=花梨を避ける・・・?
そういえば、なぜそんなことをしているのだろう。
だがそれを説明できるほどには、自分で自分の気持ちが理解できていない。今はまだ・・・。
「いや、やっぱ、そうかもな。」
「そっか!そういや、子供の頃よくやったもんなあ。」
イサトは、うれしそうにそう言った。
一路、桂川へーーー。
風が飛ぶ。
このもやもやした気持ちも、吹き飛ばしてしまおう。
嵯峨野は今、紅葉の美しい季節だ。花梨にも見せてやりたい。
明日の朝は、また顔を見に行ってやるか。
もみじを一枝、肩に乗せて・・・。
『よお、今日(こそ)は俺と一緒に出かけないか?』
親密度の高い八葉が、朝のお迎えに来てくれた日、泣く泣く(?)断ると その人はその日一日所在が「???」になってしまいますよね。 皆どこで何をしてるんでしょうね・・?きっと皆どこかで拗ねているんじゃないかと思うのですが(笑) 創作にあたってのイメージ詩は「ただひとり」だったのですが、なんだか違うものになってしまいました。 だいたい詩の方は「障害のある」側から書いたものですしね〜・・ もし良かったら、詩作の方も見てやって下さい☆ 『ただひとり』 |