遠乗り2
「着いたぞ、イサト。」 色とりどりの紅葉が、辺りを包んでいる。 穏やかな秋の日だ。 風を切って走ると何もかも吹っ切れそうな気がして宇治からここまで、一気に駆け抜けてきた。 初めは桂あたりまでのつもりだったのだが、 途中から見え出した山の紅葉があまりにも見事なので そのまま走らせていたら、いつのまにか山のふもとまで来てしまっていた。 「見ろよ、今年の紅葉はまた見事だなあ・・。まあ、男二人で紅葉狩りってのがちょっと侘しいが・・。」 馬から下りようと、後ろに乗っているイサトに声をかけたが。 「か、勝真・・・。」 どうしたわけか、イサトはくぐもった声でうめいただけで、勝真の身体を離そうとしない。 しかもよく聞くと、なにやら妖しげな息遣い・・・? 「お、おい、イサト・・? お、俺は男に抱きつかれて喜ぶ趣味はないんだが・・・///」 だがイサトは、勝真の身体に腕を回し、ピッタリとくっついたまま離れない。 こ、こいつ、男に興味があったのか!? し、知らなかった・・。 勝真は、二の腕あたりにプツプツと鳥肌が立つのを感じた。 背筋にも冷たいものが流れる。 「イ、イサト、俺たちは乳兄弟・・あ、いや、それは関係なくて・・と、とにかく離せ!」 勝真はイサトの力を考慮して、思いっきり押しやろうとしたが、 意外にも、少し押しただけでイサトはあっけなく勝真から離れた。 それどころか、そのままズルズルと倒れこむように馬から落ちてしまった。 「ゼーハー・・ゼーハー・・・」 地面に座り込んだまま、イサトは肩で息をしている。 「だ、大丈夫か? あ〜、悪いが俺はおまえの気持ちに応えるわけには・・・」 いくら子供の頃から仲が良く、気がおけないといっても、それとこれとは話が別だ。 ここははっきり言っておかねば。 だがイサトは、勝真を睨み付けてその言葉を遮ると、呼吸を整えて立ち上がった。 「ばかやろう!!何訳のわかんねえこと言ってやがるんだ!!俺だって男なんかに興味はねえよ、 気色悪い!!」 へ・・? なんだ、そうだったのか。 それにしても。 そこまで言うか!? こっちは気を遣って穏やかに話そうとしていたのに。 勝真はホッとすると同時に、あらぬ妄想をしてしまった照れくささと、 腹立たしさがこみあげて来るのを感じた。 考えてみたら、今日はずっとイサトに振り回されっぱなしのような気がする。 「なら、いいけどよ。それならさっさと下りろよな! いつまでもくっついたまんまで。 こっちだって気持ち悪いんだよ!」 ムードが険悪になってきたが、今更止められない。こうなったらとことん喧嘩してやる。 勝真はそう思って身構えたが、イサトは意外なことを言い出した。 「下りないんじゃなくて、下りられなかったんだよ! 情けないが手がしびれちまってて・・」 手がしびれる?そういえば、やけに力を入れて掴まっているなとは思っていたが。 「・・・・?なんでだ?」 勝真にすれば、ごくごく当然な質問だったが。 それを聞いたイサトは、自分の中で何かかプチッと切れる音を聞いた。 「なんでだ・・じゃねえ! 勝真、だいたいおまえ、後ろに人を乗せてるって意識あんのかよ!?」 は・・・? 「当たり前だ。あんなにしっかりしがみつかれてりゃ、一人で乗ってるなんて思えるわけないだろう!?」 思わず、花梨を後ろに乗せてた時のことを思い出してしまったじゃないか。 一瞬遠い目をして自分の世界に入ってしまった勝真を見て、イサトはイライラしたように続けた。 「そうじゃなくて! まさかおまえ、花梨を乗っけてる時もあんなふうに走らせてるんじゃないだろうな?」 「はあ??」 何でいきなり、イサトの口から花梨が出てくるんだ? 「花梨なら、最近は前に乗せてるが?」 「そうか、それならよかった・・・・。って、最近!?」 イサトは一瞬納得しかけたようだったが、すぐに勝真の言葉尻りを捕らえて食い下がってきた。 「勝真。花梨を拾ったの確かおまえだったよな? それ、かなり前のことじゃなかったか!?」 「そうだな・・・。そういや、最初の頃はいつも後ろでしがみついていたっけ・・・。」 その時の感覚を思い出したせいか、口調がしみじみとしてしまう。 が、イサトは、どうしたことか真っ青になって口をパクパクとさせている。 「し・・・し・・・信じらんねえ・・・!! か、花梨・・今までよく無事で・・・!」 何を言っているんだ、こいつは。 「無事? 当たり前だ。おまえ達が揃うまでは、ずっと俺が付いていたんだからな。」 なんだかよくわからないが、ずいぶんと失礼なことを言われているような気がする。 勝真は、自分の口調がかなり冷たくなっているのを感じた。 しかし、イサトは全く意に介していないらしい。 「な、何が『俺が付いてた』だ!! おまえ、もう明日から花梨ンとこ行かなくていいから!」 「はあ?」 「遠乗りでも見回りでも、好きにやってろ! これからは俺が遠方要員やってやる!!」 一気にそう言い捨てると、イサトは勝真が口を挟む間もなく、いずこかへ走り去ってしまった。 ・・・・なんなんだ、いったい。 『遠方要員やってやる』? 「俺は別に、遠方専用の八葉のつもりはないぞ?」 それに。 「だいたい、あいつ馬になんか乗れたっけ? なあ?」 突っ込みを入れても、返してくれる人間が誰もいないので、しかたなく愛馬に振ったが。 なんかむなしい。 「あいつ、ここから走って帰るつもりかな。」 少し気になったが、まあ、イサトなら大丈夫だろう。 それに、仮に追いかけて行ったとしても、 『誰がてめえの馬になんか乗るかよッ!』 などど言われそうだ。 何にあんなに興奮していたのか、今ひとつよく分からないのだが、 とりあえず今は放っておく方がよさそうだ。 そう結論を出すと、勝真はそれ以上、イサトが言おうとしていた事がなんだったのか、 考えるのをやめてしまった・・・。 改めて周りを見回してみる。 色とりどりの葉が、わずかに傾きかけた秋の日に照らされて、微妙な陰影を作っている。 近くを流れるせせらぎの音。 姿は見えないが、どこかで楽しそうにさえずる鳥の声。 時折、音もなく散る紅葉。 「京が穢れに包まれてるなんて嘘のようだな・・。」 花梨は、その京を救う神子として、今もどこかでがんばっているのだろうか。 そう思うとふと、いじらしいような、愛しいような気持ちになった。 「たまには息抜きもさせてやらないとな・・・。」 今朝から感じていたイライラした気分はもう、どこかへ消えてしまっていた。 同時に、ひとつだけやるべきことを見つけた。 「おまえ、ちょっとここで待ってろよ。」 勝真はそう言うと、愛馬を手近な木の幹にくくりつけた。 柔らかな落ち葉を踏みしめて歩く。 「手頃なのがあるといいがな・・。」 勝真にとって手持ち無沙汰だった秋の日は、いつのまにか優しく穏やかな一日に変わっていた。 |
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