その日の夕方、家の前に見覚えのある影を見つけた。 「よう、待ってたんだぞ、ルドルフ」 自分とは全く違うタイプのラフな格好をして 茶色い髪が中途半端に伸びているのが邪魔なのか 後ろで縛っている。 「ハロルド」 思わず眉を潜めてしまうのは反射神経。 「なにキレてんだよ。意味ワカンねーなぁ」 にやりと笑うその顔が自分の顔と同じような物で 正直ゾッとするが しかしながら彼は…兄なので仕方がない。 「な、聞いたか?外人が何人か来たの」 「…あんたのほうが意味のわからないことを言ってる」 「外人が何人か来た」 それだけの表現で一体何を想像しろというんだろう。 そういいながらもふと、確かに学校の雰囲気がいつもと 違ったのは感じたの思い出す。 「外人が何人か来た」 それが理由だったのだとしたら納得する。 「…留学生か」 「なんだ、お前…先生の話しはしっかり聞きなさい」 あきれた様子で自分を見てくるがそんなことに興味はなかった。 「それがどうした」 ただ、すぐさま長々と話しそうな兄の話しを打ち切ろうと 本題に入るためにあえて聞く。 その心理がわかったのか、あるいはハロルドも あまり自分と長く話しをしていたくないのか、実はな… と笑い話し始める。 「着て早々問題起こしたんだぜ」 またもや彼が話す内容は断片的である。 まったく持って話の意図がつかめやしない。 「…それで?」 正直話を長引かせたくなかったから出来るだけ要点を着くために そっけなくポイントをつくように聞いた。 「ホームステイしてる所から金を盗んで、喧嘩」 ハロルドは、根性あるよな、とケラケラ笑っている。 聞く内容は明らかに世間話である。 「留学生がホームスティしている所から金を盗むなんて、 実にいい根性をしているなー?」 ハロルドは続けていった。 「選ぶ人間を間違えたんじゃないか?」 別にハロルドが相手だからといって別の意見を言う気にもなれず ただ軽い気持ちで言ってみた。 自分の国を代表してきている、立場が悪くなるほど 解りきっているだろう。 そういった人間は基本的に前もって調査なり、審査なり 試験なり行って選び取っていくものだ。 それとも、それが目的なのか、 しかし、そんなことをすれば、 自分の国でも、そこの場所ですら、居場所がなくなるというのに… あるいは 思ってふと違和感を覚えた。 「……………おかしな話だな…」 話しの内容に食いついたと感じた、ハロルドはにやりと笑った。 「そういうわけで、我が家に一名、「外人さん」くるから」 「・・・・・・・は?」 話の流れが見えないまま、ハロルドはルドルフの肩を 叩いて家の中に入って行こうとする。 「それどういうことだ?」 「二日ほど、ここに来るんだってば」 「何でそうなる!?」 「うーん、ほっとけなかったから、かな?」 「はぁ?!」 あきれて物が言えなくなる。 「仮にも相手は犯罪容疑があるんだろ。それなのにあんたって人は…」 「なーに、いってんだよ。そんなの、でっちあげに決まってんだろ」 「根拠はあるのか?」 「ない」 「あのなぁ!!」 「じゃ、勘」 付け加えるようにいうハロルド。 「勘?!」 「いやー、後はお前の了解待ちなんだよなぁ」 「何処が了解だ!!ハロ…!!」 OKだってさ、と家の入り口付近に立っていた誰かの肩を ハロルドがたたいた。 その相手を見て思わず相手が何処の誰ということよりも 幼い、と思った。 何才なんだろうと、 絶対自分よりも3つ4つは下だ。 左側の顔からその相手はこちらを見た。 それほど背が高いわけではない、どちらかというと 同い年の女連中よりも低いかもしれない。 いや、そんなことはどうでもいい。 相手は 「やぁ」 童話に出てきそうな笑みを自然に浮かべ自分に なれなれしい挨拶をした。 しかしそれに対して何も言えない。 左腕には黒いしみをつけた白色の包帯をしていて 「よろしく」 それが何かわかった俺は、少しだけ腹が立った。 +++ half-canaval(4) + その日はスクールにやたらと人が多いと感じた。 しかも見かけない顔もちらほらと目立つ。 だが、大騒ぎする程たいしたことでもないと思ってお決まりの コースで教室に向かおうと思ったが。 不意に止めていたはずの後ろ髪が前に流れてきた。 少しだけ長くなった髪を留めていた紐が落ちたらしい。 くるりと足元を見回すが 何処にも紐がない。 別にそう気になるほどの長さでもないし、その紐が とても大切と言うわけでもなかったが、 単に少し時間が余裕を持っていたので 気まぐれで少し道を戻ろうと思った。 ただ、それだけだった。 ゴッ 小さく、何か物がぶつかるような音が聞こえた。 反射的にあちこち見回す。 しかし、何の変化もない。 気のせいだったらしくそのまま足を進める。 ゴッ 再び繰り返された音。 正体のわからない音に思わず 言いようのない不安が過ぎる。 ゴッ また同じ音が響く。 「…あなた方はとても暇を持て余しているのですか」 そこで漸く、誰かがいるのだと言うことを知ることが出来た。 それが普通に道端で行われていたなら、気にとめなった。 だが、 その道を外れ、脇に入っていったところでそのやり取りは 行われていた。 ほんの少し、妙な感覚が疼いて会話だけ聞いていた。 正直その頃は自分のことですら関心が薄くてかって気ままな時期だったのに どうしてそのときに限って それが発病したように沸き起こる。 世界に多くの災いと病と絶望をもたらしたパンドラの箱を開けたのは ”好奇心” もしかしたら俺自身もまた、その好奇心によって、 自分を取り巻く環境を絶望と災いで壊してしまうかもしれない。 しかし、 「謝罪はできません。何もしていないから」 会話だけ聞けば明らかに絡まれているのはわかった。 また一歩、助ける気もないのに其処に近づく。 「それとも」 まだ、彼の声以外他の声は聞こえなかった。 「この顔を見たい?」 自分のことかと思って思わず脈打つ。 声だけを聞くと割と高めの声で、 一歩近づいたその先に見えたのは壁を背にしたほっそりした小柄な後姿。 その後姿の頭部には包帯が巻かれているのが見えた。 そしてその前方には見覚えがある不良グループの何人かいたがすでに ナイフを出していた。 「扱いには注意したほうがいい」 軽調子な笑い声と同時にその包帯の相手はナイフを持った奴に突っ込み、 すぐさま、別の所からひっと小さな叫び声があがった。 からんと重い鉄の棒が転がったような音が響いた。 3人ほどでその包帯の相手を取り囲んでいたうちの二人は すぐに逃げ出し、一人だけは尻餅をついて微動だにしなかった。 刺した…? そう思って思わず路地に駆け込んで、思わず口を覆ってしまった。 包帯を巻いていた相手は顔の右半分が長い前髪と包帯で覆われていただけでなく 服から露出しているらしい所は殆ど包帯で占められ、 細い首と血の気がない顔が半分だけ見える。 艶やかな髪と細い首、鈴のような声で女だと思った。 「怖いですか?でも貴方が扱ってるのは、こういうものなんです」 刺されたのはナイフを持っていた相手ではなく、包帯を巻いていた方だ。 包帯が巻かれた左腕からだらだらと血が流れている。 怪我の上に怪我をしたというのに刺された方が平気な顔をしている。 包帯は白いものだと思い込んでいたが、紅く染まる包帯をみて、 リアルに戦争を再現した映画で見る戦場地跡を彷彿させた。 佇む姿は戦いに疲れた民間人に見えた。 けれど、同時にまだ戦おうとする傭兵にも見えた。 真紅に染まる包帯に目の奥が痛む。 しゃがみ込んでナイフを拾い上げるとナイフの所持者に投げつける。 地面に突き刺さり、また小さくひっと悲鳴があがった。 左手をぶらぶらさせ相手を見下ろしている。 尻餅を付いていた奴は俺に気が付くと、たすけてくれと叫んだ。 そこでようやく俺は我に返り、包帯を巻いた相手も俺に気が付いて 右側から振り返った。 ゆっくりとこちらに向けられた瞳の色彩が浮き上がって見える、 幼いと思った。 それと同時に俺は相手が男だということに気が付く。 相手は一歩進み、思わず俺は一歩退いた。 また、一歩相手は進み、更に俺は一歩退く。 まさに一進一退を繰り返す自分達の行為が面白かったのか 少しくすっと笑って、 左腕から流れ出る血を止めることなく顔半分で彼は笑って挨拶をした。 そのまま何事もなかったかのように、彼は落ちていた鞄を拾い上げたが まだ、腕の流血を止めようとはしなかった。 一滴、紅い雫が垂れた。 しばらく彼はぼんやりと鞄を見つめていたがゆっくりと俺に近づいてきて 「おねがいです。今見たことを内緒にしていただけないでしょうか」 小さい囁きなのに、内容はまるで形式にのっとった、馬鹿丁寧な文章。 包帯男の態度は怪我をしているのにどこか可笑しそうに笑っている. 笑い声はのどの奥が詰まったような笑い声。 楽しそうだと言うのははっきりと「錯覚」を感じる。 気持ち悪い。 いや怖いと、思った… それでも、 そのまま立ち去ろうとした彼の傷ついていない腕をとっさに引いて 「使えよ」 俺は持っていたバンダナを彼に差し出した。 思ったより相手の背が低いことに驚く。 小さい 目の前で提示していたバンダナを受け取るより先に彼は 俺を見上げていた。 じっと、こちらを見つめていたが居心地悪そうに少し視線をずらしては すぐに視線を戻すという行為を繰り返す。 それにもかかわらず、彼は一向に差し出したバンダナを受け取ろうとはしない。 ただじっくりと俺の顔を覗き込んだけだった。 自分よりも幼いんだと 思った。 それは勘で、それこそ根拠はなかった。 「やるよ、どうぞ」 構わずバンダナを相手に無理やり押し付ける。 俺自身に余裕と優しさが少しあれば、苦笑位は出来たかも知れない。 半分だけ覗かせた幼い顔からは 何時の間にか どこかの民話にでてきそうな動物的笑いを顔に浮かべていた。 「ありがとう」 彼は自分の手当てより先にそう言ってバンダナを持ったまま 去っていった。 遠くで、どこかで聞いたことのある音が響いていた。 暫くぼんやり考えていると 誰かが授業が始まるー!と叫んだのを聞いて ようやくそれが授業開始のベルだと気が付く。 しかし、急いで教室に向かおうと言う気は全くせず、 彼が手当てをするだろうか、とそれだけがやたらと気になった。 一つ前に戻る junktext-TOP next