+++ half-canaval(5)
食事のとき以外は彼と決して彼に出会わないようにした。
その間に、彼は妹になつかれていたようだ。
両親も彼を気に入っていた。
その中で
自分だけは彼を好きになれなかった。
彼を紹介されて食事も終わったその夜、”彼”は
部屋を訪ねてきた。
「これ、ありがとう」
まったく汚れていないバンダナを差し出される。
しかし受け取らない自分をみて、包帯で隠された
顔は何か言葉を選ぶように慎重だった。
「とても綺麗だから…その」
ナイフを持った不良を堂々と相手にしていた男が
自分のようなちょっとしたひねくれ者に
何か必死に縋るように言い訳してくる。
「使うのは、良くないと思って…汚れるから…」
「…お前何なんだ」
相手を見ることもなく別の方向を見て相手に
質問ではない問いかけをした。
「ああ、オレは…XXXXXXXX」
しかし、相手は別にドウってことなくさらりと
自分の名前を名乗ったが早すぎてわからないのと、
聞く気がなかったから
何て名乗られたのか聞き取れなかった。
「名乗らずに、ごめん」
しかし
聞いてなかった、とは言わなかった。
+++ half-canaval(5)
その日から「彼」が何をしていても、何を言っても
「誰」も居ないを通した。
そうすると、何故か自分の代わりになるかのように
ハロルドが間に入っていくのがさらに気分を悪くする。
「あいつ反抗期なんだ」
とか言うのが更に気分を悪くするがあえて場所をかえて
二人と会わない場所に行く。
そんな様子をみて妹が不思議そうな顔をしていた。
更にハロルドが
「ルドルフはオレとあいつが仲いいの、面白くないんだよ」
というと完全にぶち切れてしまって幼い妹の前であるにも関わらず
ハロルドと殴りあいになって「奴」に間に入られる始末。
もちろん間に入られようとも「存在しない」人間が間に入るはずもないので、
殴り合いを止めることはしなかったが、妹があんまり泣くので急に冷静になる。
一発手が滑ったふりをして「彼」を殴ってやろうかと思ったが
包帯ばかりの顔を殴る気にもなれず、一発多めにハロルドを殴った。
もちろん、一発多めに返され、最後には隣人に止められる始末。
理由を聞かれても「忘れた」と自分もハロルドも言い通した。
そうやって2日がすぎた日の夜。
唐突に、家族がなにやらパーティの用意をし始めていた。
理由は知っていたがどうもよかった。
それまで彼を避けていた所為も在って、彼がどういった人物か
全く知らなかったが、
彼はどうやら結構主張しない人間らしく、いいたいことをはっきり
いう様子もなくただ何か断ってばかりのところがあるようだ。
そしてただ中途半端な笑みを浮かべて返答しないときがあった。
そんな様子を見て、何なんだこいつは…と余計に腹立たしさが増す。
食事も一通り終えて、ハロルドと、妹と母親、そして父親までが
彼と話し出し、そろそろいいだろうと自分は席を立ち、
外に出た。
別にそんな風にするのはいつものことだったので誰も気にしない。
それはこの二日間もそうだった。
いつものとおり,空を見上げる。
真っ暗闇の空が広がっていた。
家の明かりの所為で星は全く見えない。
今日は特に雲も多い。
雨でも降るのかもしれない。
だが、
「やぁ」
今日だけは、彼は自分の後を追いかけてきた。
「邪魔して、ごめん。少しだけ良いかな?」
いつもどおり「誰も」そこに居ないを通す。
ところが彼はただ笑っていた。
「…何で意味もなく笑ってるんだ。気持ち悪い」
思わず、そんなことを言ってしまって口を押さえた。
「つい」
言われて、更に気分が悪くなる。
何も答えずにいると
「別に返事しなくて良いよ。勝手にしゃべっていくから」
そう言って自分との距離を2メートルすこしくらいの距離を
空けて立った。
「俺は明日帰るから」
その言葉を聞いて、彼の顔を見てしまったが、彼は自分のほうは
見ておらず空を見上げていた。
包帯で半分隠れた顔なのにはっきり笑っていることが解る。
「何でそんなに嬉しそうなんだよ」
最後まで無視を決め込むツモリだったが、
これまで見たどの表情よりも鮮明に嬉しそうな顔だったのでついに
口をきいてしまった。
「君が少しでも楽になったなら嬉しいよ」
笑顔のまま言った。
「意味がわからないな、お前」
「補足すると、君に嫌われているくらい解ってるから
そんな君とお別れができると俺も嬉しい」
なるほど、嫌味返しだったわけか…
「でも君は嫌いじゃなかった」
今、なんて言った?
嫌いじゃない?
誰が?誰を?
散々無視をして?冷たく接して?
ようやく話をしても単調なことばかりで世間話にすらならない。
そんな対応しない自分が?しかもたった二日しか居なかったこいつが?
「お前にオレの何がわかるって言うんだ」
近寄るのも嫌だったのに、つかつかと
歩み寄って胸倉をつかんで相手を引き寄せた。
はじめてあったとき以上に彼が小さく感じる。
それなのに
包帯と不ぞろいな長い前髪から覗く感情の全てを殺ぎ落とし
何かを見透かしたような瞳と向き合っているのだと思うと
勢いだけで胸倉をつかんだ事が
感情を宙吊りにしてしまったような気分にさえ思えた。
「何も解るわけないじゃないか」
数秒の沈黙が数時間にさえ感じてそのわずかな間を縫うように
相手は告げて、眼を糸のように細めて笑って言った。
「でも」
「君のこと何もわからなかったから」
「君がオレのこと何も知ろうとしなかったから」
「君が嫌いじゃなかったんだ」
「何を言ってる」
それだけはなんとか言葉にすることができてなんとか
目をそらさずにさらに胸倉をつかむ手に力を入れる。
「君が羨ましかった」
相手の言ってることはちんぷんかんぷんで何も
返答できずにいると、首を少し傾けて深くこっちを覗き込んだ。
「家族を心配して怒っていた」
「…お前、何言ってる」
「犯罪容疑があったオレを家に入れるを嫌がった」
「当たり前だろ、意味がわからない」
「オレはそう言うの、できない」
「だから、さっきから何言ってるんだ」
「オレが守りたいのは自分だけだ」
「オレはだれも一番にはできない」
「君が羨ましい」
「お前にだって家族はいるだろ」
「いるよ」
「だったら」
「嫌いなんだ、家族」
「…反抗期かよ、幾つなんだ」
「反抗期真っ只中」
「………………………………ありえないくらい反抗期真っ只中だな…」
エヘヘへと今度は包帯に隠れていてもそれ相当の笑いを
作り出した。
「君と年あんまり変わらないはずだけど」
「オレのほうが年上だろ、まずそのしゃべり方、何とかしろ
初めて会ったときはあんなに馬鹿丁寧だったのになんなんだ」
「君、オレのこと怖がってたみたいだから、下手にでてみたんだけど」
「……下手だって?口を開くと無駄なことしか言わないな」
とつかんでいた胸倉を今度は包帯に包まれていない部分に
触れてつねりあげる。
「ヒはへのひは なれへへるへど、 ひゃめへよ」
とつままれたまましゃべりだす。
「あの丁寧語、余計気味悪かったと思うぞ、不良グループの奴ら見ただろ」
それだけを言って手を離すとすぐさまつねっていたところを押さえて
口を尖らせていた。
「不良?…ああ、ナイフの怖さも知らずに振り回していた彼ら?
本当に馬鹿だね、人を殺したりしたらどうするツモリだったんだろ
人の命の重さを何にも解ってないよ、刺しても死なないとでも思ってる
のかな?大体さ、どうしてナイフを所持する必要性があるんだろ、
いきなりサバイバルに突入しなきゃいけない状況にでもある土地なのかい?
それとも…」
「ちょっとまて」
とマシンガンのようにしゃべりだした口を押さえつける。
「どうしてお前と仲良く話なんてしなきゃならないんだ
お前なんて嫌いって言ったところのはずだ」
そういうと、ふと相手は口を押さえれらたまま少し考えていて
再び勢いよく話し出す雰囲気もなくなったので押さえていた手を彼の口から離した。
「話が最初に戻るね、オレは君が嫌いじゃないからだ」
「堂堂巡りだな」
「そうでもないと思う」
「何が」
「君はオレを嫌っていながら、話をしてくれた」
「オレの傷を心配してバンダナを貸してくれたり、家族を心配して家族のために
オレにきつく当たる割に、気を使って包帯を避けて俺の相手をしてくれる」
作り笑いや中途半端なハーフスマイルじゃなくて今度こそ、
「嬉しかったんだ」
彼は笑った。
「ありがとう」
その瞬間 今度こそ、言葉を失ってしまって。
「今回、ここに来れたのは本当によかった…それだけで…」
言葉を区切って、必死に言葉を捜してるのが解るのに
言葉に続きがあるのが解るのに
「……じゃ、元気でね。お休み」
彼は言葉の続きを続けることはなく、こっちもそれを促すことができずに
彼の名前を呼ぶこともできずに
相手が家の中に入っていくのを見送ることしかできなかった。
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