「もういい加減拗ねるなよ、ルドルフ」
「誰も拗ねてなんかない」

 しかし、電話の内容と現状が違うことにいらだったのは事実だ。

「あんたが電話でややこしい言い方さえしなけりゃ、
 今ごろ俺はベットで安眠してた。……この意味、わかるよな?」

 
 電話の内容ではまるでユージーンが交通事故にでも遭って
 今夜が峠とでも言うような切羽詰った様子だったので、
 ろくに用意もせずでて来た。
  おかげでこちらは髪はくしゃくしゃ(いつものことだが)
 服は寝巻用にきているボロ黒Tシャツ、下は灰色のジーンズだった。
  辛うじて眼鏡はしてきたが、間違えて仕事用のものをもってきたので
 目が痛いし、急に別のものにピントを合わせると気分が悪くなる。


 相手に指定された場所は
 病院かとおもったが、カフェで思わず拍子抜けた。

 俺がここについて何分経ったか忘れたが、漸くやってきたウェイトレ
スがこちらを一瞥して眉を潜めたのが解った。
その様子に鼻で笑い、分厚い眼鏡を取って、ウェイトレスに最高の愛想
笑いをしてコーヒーを頼む。
 彼女は慌てて返事をしてすぐさま奥に引っ込んでいった。

「そこの奴、鏡でもう一変同じ顔してみな、すげ-顔してたぞ」
 俺の前に座っている先客は笑いながら俺とは違うタイプの眼鏡を中指で直す。
「あ?知るか。俺はレストランや喫茶店とかが大嫌いでね」
「そういう意味じゃない」
 笑いながら先に頼んでいたコーヒーを飲んだ。

「で?ユージーンがどうしたって?」
 テーブル上に両手を組んで乗せる。
「ユージーンが消息絶った」
「彼がいなくなるのは今に限ったことじゃないだろう」


 確かに、この間会ったとき様子がおかしかったのは事実だが…。

「わざわざそのことで 奴の実家の人間が、ここを訪ねてきても?」
















half-canaval(2)
「誰がきた?…彼の血縁者か?」 「奴の兄貴って名乗るのがわざわざ来たぜ」 「兄貴だって?彼の兄貴が来るなんておかしいぞ」  俺は思わず笑った。  あまり自分の家のことを話したがらないユージーンが自分に知っておいて 貰いたいと言って、話してくれた内容の一つに  彼は何年か前に勘当か何かで、家とのつながりを切っていたという話があった。  そして… 「?じゃぁ、来たのが偽者だって言いたいのか?」 「そうじゃない。オレが言いたいのは…」  いいかけて思わずやめる。 「なんだよ?」 「…いや」  俺は一度、ユージーンの兄に会ったことがある。  一度しか有ったことのない相手に対する批評は  絶対ではない。  それに仮にも、ユージーンの兄だ。ユージーン本人も  自分の身内を悪く言われていい気はしない。 「その男が、ユージーンが行方不明だと言ったのか?」  自分で聞いておきながら思わず笑って、すぐに自分で否定した。 「彼の家の奴らが、彼を心配するとも思えないな」  俺がそういうと、明らかに不愉快そうに顔をゆがめてこちらを 見つめていた相手は言った。 「何言ってんだ、誰だって家族の心配はするだろ」  …普通はな。  と心の中で呟くが、あえて口にはしなかった。 「そういえば、電話の向こうで泣き声が聞こえたのは?」  まだ何か言いたそうだった相手の話の矛先を変えるために わざとどうでもいい話を切り出し見る。   「あー、あれ?」  彼は笑い出し、軽く纏めた茶色の髪を揺らした。  それほど長くないので、軽く引くだけで解けてしまう程度の長さだ。  今の俺の髪型よりは少し長い。 「ユージーンが死んだと思ってワンワン泣いてたんだよ、あいつが」  あいつ。  そう聞いてすぐに出てきたのは  ウェーブの入った長い髪を赤いリボンでツインテールに纏めた 12歳も年の離れた妹だった。  そういえば最近、全然会っていない。  おかげで彼女に対する記憶が1年程前で停滞している。  多分、今会えばまた一段と女らしくなっているのだろうなとおもい 苦笑した。  「あの子にはちゃんと言ったのか?」 「もちろん、そのまんまにできるかよ。  将来は絶対にユージーンと結婚するんだって張り切ってたし」  最近の女の子は、すごいねぇと大笑いしながら言った。 「出会ってから何年?一筋の愛に、俺は感服するね」  確かに、出会ってから彼女は彼に随分執着があった。  彼が帰るときも随分泣いて困らせていた。 「でも、ユージーンがあいつを絶対"妹"感覚でしか見てないから 難しいんだよな。いやまぁ、俺もユージーンにはぜひとも 結婚してもらってこの土地に腰を据えてもらってだな…」 「ハロルド、俺はユージーンのことを聞きたいからここに来た。 あんたの世間話に付き合ってやりたいのは山々だが、俺も時間がない」  延々と話を進めていたハロルドは、悪い悪いとまだ少し笑いながらセキをし なんとか笑いを収めた、   「それで、あんた、ユージーンの血縁者を名乗る男に 妙な事言ってないだろうな」  たとえばどんな?とどこか不安げに尋ねるハロルドに思わず殺意を覚える。 「彼の居場所だ」 「解るわけないじゃん、大抵、ユージーンが行くっていうので俺が思いつくのは お前の所くらいだ」  その答えを聞いてため息をついた。  それなら心配することもない。  俺は立ち上がり、ハロルドの横を通って出口向かって歩き出した。 「ルドルフ」  丁度ハロルドの横を通り過ぎようとした時、彼は呼びかけてきた。 「俺にできることがあれば、何でも言ってくれ」    彼の申し出に思わず振り返る。  表面上、彼は自分に対してそこそこ友好的に見えるが  実は俺と同じ気持ちでいることくらい知っていた。  だから、  今までそう言った言葉を一度だって言われたことはない。   「俺とお前の仲が悪くても、そのことについてユージーンは関係ない  それに、われらが姫君の王子様だし?」  だろ?  彼もこちらを振り返り、にやりと笑った。 「…それじゃひとまず、コーヒーと会計は頼むよ。ハロルド兄さん」  正面を向いて、コーヒーを持ってきたウェイトレスとすれ違う。  背中の方からOKと返事が聞こえた。 一つ前に戻る  junktext-TOP next