あの人こそ、私の『英雄』なのかしら――?
(――彼女こそ 私のエリスなのだろうか……)
Yield
〜 Elysion in Tales of Legendia 〜
私は…メルネス。 水の民を統べる王。
そして…陸の民を滅ぼす義務を持つ者。
一人娘は せっせと種を蒔く
なのに…私はあまりに長い時間を、陸の民と共に過ごしてしまった。
特にお兄ちゃんに対しては、家族に対するもの以上の感情を持ってしまっている。
変わらぬ過去に 訪れぬ未来に
でも、もしかしたらこれはいい機会なのかもしれない。
水の民の内側から意識改革をしていけば、きっと陸の民とうまくやっていけるはず。
不毛な行為と 君は笑うだろうか?
何よりあっちにはお兄ちゃんやウィルさん達もいるし、絶対大丈夫よ。
私の代で、この悲しい歴史を終わらせて……。
それなら君は 幸せなんだろうね…
「シャーリィ、どうしたの?」
同族の中で唯一友人と呼べるフェニモールに声をかけられて、シャーリィはハッと我に返った。
考え事に没頭するあまり自分の世界に入ってしまい、彼女の来訪に気がつかなかったようだ。
根雪の下で春を待つの 夏が過ぎれば実りの秋ね…
帝国軍を遺跡船から退け、彼女が水の民の隠れ里に移り住んでから、早くも一週間が経つ。
最初こそ希望をもっていたものの、水の民に対する憎悪の念はあまりに深く、
またセネル達とも全く音信不通になっていることもあり、シャーリィは軽いホームシックのような状態になっていた。
「メルネスって言ったって、今はただの女の子なんだし。
マウリッツ様もみんなも、シャーリィに色々と押し付けすぎなのよ。」
「でも、私はそのために里に残ったんだし……。」
「だめよシャーリィ!
今の内に楽しめることは楽しんでおかないと、すぐに皺くちゃのお婆さんになっちゃうんだから!」
詰め寄られて視界全てがフェニモールの顔で埋まり、そのあまりの気迫にシャーリィは苦笑するしかなかった。
しかし実際、フェニモールの言うことは当たっている。
出来れば避けていたいのだが、『託宣の儀式』を済ませば最後、
成果…収穫…それは果実を産む (harvest harvest
it yields fruits.)
自分の自我は滄我に乗っ取られ、陸の民を滅ぼすと同時に自身まで命を落としてしまう。
万一に備えて、悔いが残らないようにしなければ……。
最も遅い収穫…それは甘い果実を産む (lala
latest harvest it yields sweets.)
「ねぇ、久しぶりにお兄さん達に逢いに行ったら?」
「え? でも私は……。」
突然の提案にシャーリィは戸惑った。 無理もないだろう。
一夜限りの情事(ゆめ)でも構わない
まだ公言していないとはいえ、自分はもう、セネルと逢うつもりはないのだから。
それをも女は 永遠に出来るから
「平気だって! 私も一緒に行ってあげるから。
それならマウリッツ様も許可を出してくれるだろうし、あの頑固なワルターも文句言わないわよ。」
シャーリィ本人の意志を置き去りに話はとんとん拍子に進み、ついにフェニモールの言った通りの形に実現した。
不毛な恋と 君は笑うだろうか?
親友に腕を引っ張られて着いたウェルテスの街の門を前にして、シャーリィはただ彼女の行動力に驚くばかりである。
やっぱり君は 幸せなんだろうね…
「ほ〜ら、行って来なさいよ。 私はここで待ってるから。」
「え? フェニモールはどうするの?」
いくら何でも、やはり陸の民の中に一人置いて行くのは気が引ける。
自分達側はともかく、もしかしたら相手側に、自分達を敵視している者がいないとは限らない。
すると、そんなシャーリィの心配を見越してか、フェニモールは胸を張って。
凍える夜は夢を見るの 夏が過ぎれば想いが実る…
「感動の再会なのに、邪魔をしちゃ悪いでしょ?
この街の人なら信頼しても大丈夫だし、ノーマさん辺りでも探して、適当に時間潰しているわ。」
じゃあ、頑張ってね。 と送り出されて、しばらく呆然としていたが、
結果…収穫…それは果実を産む (harvest harvest
it yields fruits.)
とりあえず実姉であるステラの墓参りをしようと、街の奥へと歩き出した。
最も遅い収穫…それは甘い果実を産む (lala
latest harvest it yields sweets.)
共同墓地は高台にあるため、そこまで至る階段は長く急になっている。
(「3」)…不安定な数字 (「3−1」)…模範的な数式
息を切らせながら登っていくと、長い義兄妹生活の中で見慣れた、銀髪の後ろ姿が見えてきた。
問題となるのは個の性質ではなく 唯…記号としての数量
久しぶりに逢うのが嬉しくて、つい気が急いて、声をかけようと手を挙げる。
世界が安定を求める以上 早くどれか一つを引かなければ…
「お兄………っ!?」
振ろうとした腕を挙げ切ったところで、シャーリィはもう一人の人物の存在に気がついた。
最近知り合ったばかりの女騎士。
兄に『仲間』として以上の好意を寄せていることは、誰の目にも明らかだったその人物。
二人でステラの墓参りをしていたらしいが、纏っている雰囲気が妙に柔らかい。
事情を知らない者を、誤解へと導くには充分だった。
(どうしてクロエさんがお兄ちゃんと一緒にいるの!?
お兄ちゃんだって、お姉ちゃんの方を選んだくせに…お姉ちゃんが相手だったから、私は身を引いたのに……!)
小さな少女の頭の中で何かが弾けた。
何故人間(ひと)は恋をする 相応しい季節(とき)に出会えないの?
それはメルネスとして生まれた、彼女の本能だったのかも知れない。
嗚呼…お父さん(dad)…お母さん(mam)
隠れ里を出る際に、最後まで彼女の外出を渋っていた護衛役から渡されていた、一振りの短刀に手が延びる。
「――それでも私は幸せになりたいのです……」
そして………。
その後しばらくの間の記憶が、彼女から抜け落ちていた。
気がついた時には視界は紅く染まっていて、目の前に倒れていたのは……。
(私は…メルネス、陸の民を滅ぼす者。 その使命は、充分過ぎるほど理解しているわ……。)
恋心 甘い果実 真っ赤な果実 (sweets lala
sweets lala まっかなfruits.)
もぎ獲れないのなら 刈り取れば良いと…
でも……。
恋心 甘い果実 真っ赤な果実 (sweets lala
sweets lala まっかなfruits.)
お兄ちゃん一人くらいなら、ずっと傍に置いておいてもいいよね……?
嗚呼…でもそれは首じゃないか……
二人の♀ 一人の♂ 一番不幸なのは誰?
二人の♀(おんな) 一人の♂(おとこ) 一番不幸なのは誰?
落ちた≪果実≫…転がる音 余剰な≪数字≫…引かれる音
落ちた果実…転がる音 余剰な数字…引かれる音
「3−1+1−2」
(「3−1+1−2」)
――最後に現れたのは『一人の少女』
――最後に現れたのは『仮面の男』
彼女達が消え去った後 高台の墓地に一人取り残されるのは誰――
彼らが消え去った後 荒野に一人取り残されるのは誰――
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